六百七十五話 のどぐろ

従姉妹の息子が、鳥取から出て大阪の大学に通うようになった頃、口にした一言。
「俺、研究室の連中とかと魚食いに行くの嫌なんだよね」
「皆が旨いって喜んでるのに、俺ひとりそうでもないって言うと空気悪くなるだろ」
「だから旨いってことにするんだけど、ほんとは美味しくないんだよね」
まったくもって感じの悪い言い草なのだが、これは真実でもある。
海辺の家界隈も魚処に違いはないのだが、前海は太平洋側の瀬戸内。
魚の旨さでは、実家鳥取の日本海には敵わないと言いたかったのだろう。
もちろん、魚には、それぞれに合った餌や水温や海流などの条件がある。
なので、すべての魚種に於いてそうだとは言えない。
ただ、半島や大陸に近く海底や潮流が複雑で、最高の漁場であることは確かだ。
先日、そんな鳥取でとっておきだという一軒の割烹に連れていかれた。
漁解禁の翌日だった蟹はもちろん旨かったけれど、驚いたのは、これ!
赤鯥、関西では “ のどぐろ ”と言った方が通りが良いかもしれない。
ふっくらとした身は塩焼きに。
捌き終えた尾ヒレ、カマは骨煎餅に。
揚げた銀杏と湯葉を脇に添えて。
身の質が、緻密で、脂がのっていて、仄かな甘みが口の中で溶けていく。
骨煎餅は、これで一腕分の出汁が引けそうなくらい旨味が濃い。
無茶苦茶に旨いわぁ!
大枚叩いて喰うほどのこともないと思っていた “ のどぐろ ” がここまで旨いとは。
獲れた漁場、喰った季節、料理人の腕前そのすべてが完璧に噛み合うとこうなる。
さらに、合わせた酒がまた絶妙だった。

高知県四万十町の酒蔵 “ 無手無冠 ” の蒸留焼酎 “ DABADA Italiano ”
欧州最大産地である伊産の栗を使い、栗の天然樽で熟成させた芳醇な焼酎。
日本産の栗と違い甘さより香ばしさが勝る。
そして、これでもかというほどの栗の芳香が鼻に抜けていく。
度数は三七度でスッキリとした味わいだが、尖ってはいない。
和でも洋でもない色気のある不思議な酒だ。
栗の香りが、甘く香ばしい “ のどぐろ ” になんとも言えないほどによく合う。
こういう有難い出逢いは滅多にあるものじゃない。
で、この夜決めた。
春夏秋冬、もしくはそれ以上にこの飯屋に通うことにする。

僕の予約に障るといけないので屋号は内緒ということで。

 

 

 

 

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