
“ 海辺の家 ” の西隣には百歳超えの母親とその娘が暮らしている。
正しくは “ いた ” だが。
今年の春、鬼籍に入られ人生の幕を降ろされた。
最期の刻まで庭仕事を続けられ、海峡を一望できる素晴らしい庭を遺される。
自身の手で縫った白い作業着を着て、銀髪を広い鍔の麦藁帽子で覆い黙々と作業をされていた。
長身で背筋は伸び、顔を合わせば的確に受け応えされ、とても百歳を超えたひととは思えない。
まるで STUDIO GHIBLI 作品に登場するワンシーンそのままだった。
遺った娘は、多くの弟子を抱える現役 Florist として今も活躍している。
嫁にとっては、旧くからの隣人であり、歳上の幼馴染であり、Florist の師匠でもある。
日々忙しく飛び回っているものの少し寂しくなったのか、犬を飼うことにしたという。
千葉県の Breeder まで引取りに行って、隣家で暮らすことになった。
“ Labradoodle ”
同種内の異なる品種間による交雑によって生まれる雑種で、豪州産の珍しい犬種らしい。
路であったり、時々は遊びにきたりで、もうすっかり慣れてきた。
勝手口を開けると、当たり前のように入ってきてはしゃぐ。
とにかく、見た目も性格も行動もそのすべてが可愛いい。
風邪薬みたいな名前で “ LuLu ”と呼ばれる雄犬だ。
先日の晩方、仕事から車で帰宅した Florist に嫁が。
「お疲れ、晩ご飯に唐揚げつくってるけど一緒にどうよ?」
「じゃぁ、後で LuLu と一緒にお邪魔するわ」
しばらく経って。

「これ、お土産、庭でわたしがつくった南瓜」
蛙の娘はやはり蛙なのだ、母親が遺した庭の畑では代を継いでちゃんと収穫されている。
LuLu は、オシッコ・シートと缶詰とワンチュールと玩具を持参。
台所で、料理を手伝いながら嫁に。
「ねぇ、この唐揚粉って、最初からこうなってんの?」
「当たり前やん!そんなんするわけないやん!わたし業者ちゃうで!」
「ヘぇ〜、便利やね、わたし、出来合いのもの口にしたことないから」
「えっ、じゃぁ、冷凍食品とかも食べたことないの?」
「うん、そう」
「嘘でしょ!暇なん?」
「暇ちゃうわぁ!でも、ひとり暮しになったし今度買ってみようかなぁ」
この Florist の手技は異様に精緻で速い、しかも、およそ一度目にしたものは再現可能だ。
本職の花を生けるのはもちろん、木彫、編物、裁縫、作陶、真珠アクセサリーに至るまで。
果ては、歯科技工士の手伝いをすれば数日で本職を凌ぐ域に達する。
なので、料理の腕も想像がつく。
隣人の丁寧な暮らしぶりを支えているのは、このとてつもなく器用な手なのだ。
自身も手先の器用さでは、他人に引けはとらない方だけど、ヤバイなぁ、こいつ。
LuLu も含め全員の腹も満たされて珈琲を飲んでいると。
「わたし、亡くなったママに内緒でこっそり続けてる趣味があるんだけど」
「へぇ〜、どんな?」
「麻雀、師匠がいて大阪に通ってるのよ」
「麻雀に師匠? 麻雀なんか大阪まで通わんでも、駅前の雀荘でできるやん」
「駅前だとバレるし、ほら、ちゃんとしたひとに教わらないと」
「いや、玄人の雀士になるんじゃないんだから、えっ?ひょっとして、麻雀も玄人並なん?」
「そこは、まぁ」
この隣人の闇は深い。


