六百二十六話 華人街の新たな扉

六月の初日。
神戸市立博物館で “ ジブリパークとジブリ展 ” を観終えて、予約していた中華料理屋へ。
目当ての “ 楽関記 ” は、元町駅から北長狭通りを少し上った処に在る。
二〇一七年開業で中華街では新参の類だが、今や神戸華人の間で知らぬ者はいない評判の店屋だ。
昼飯に立ち寄りその 小籠包と鶏唐揚の旨さに驚き、一度ちゃんと晩飯を喰ってみたいと思っていた。
しかし、都合よく予約が取れる機会に恵まれず今日に至る。
一階はカウンター席のみのちいさな構えで、奥に地下部屋へと続く錆びた鉄階段がある。
降りると、薄暗い空間に五卓ほどの席が設られていて、そのひと席に案内された。
中華街にありがちな怪しい雰囲気だが、こと中華飯に限ってはこういう店屋ほど味は期待できる。
前菜から。
“ 鹵水叉焼 ”  鹵水には、中華香辛料と水を一週間かけて煮出し、調味料を加えたタレを用いる。
料理人の手間と舌が頼りの複雑な料理だ。
“ クラゲと胡瓜の和物 ”
“ 蒸し鶏 ”
“ 皮蛋 ”
“ 帆立貝の刺身 ”
“ 酔蝦 ” 香辛料などを加えた紹興酒に海老を漬ける料理で、頭部の味噌が絶品。
“ 干し豆腐と豆もやしと春雨と香菜の和え物 ”
“ キクラゲとくこの実の冷製 ”
“ 生搾菜 ”
もうこの時点で、“ 楽関記 ” に口煩い華人が唸る理由が解る。
一緒に卓を囲んだ自らを食通ではないと言い張る “ さすらいのグルメ・リポーター ” が云う。
「これから、この辺に来たらもう此処でエエやん」
「だから、予約取れないんだって!」
そんなやりとりをしていると、この飯屋の原点となった一皿が運ばれてきた。

店主がこの一品のため、勤めていた会社を辞め蘇州で修行を重ねたという “ 小籠包 ” である。
上海の名店 “ 佳家湯包 ” で食べた小籠包が事の始まりだったらしい。
ただ蘇州で学んだのは、小籠包の肝である皮作りだけ、具は独学なんだそうだ。
塩麹を基に醤油とあともうひとつの秘密の何かを加える。
脂を極力抑えたあっさりとした具材は、幾つ食べても食べ飽きない。
生地と包み方、具材の汁加減など、どれもが綿密に計算され尽くした黄金の味に仕上がっている。
他にも排骨の豆鼓炒め、以前食べて忘れられなかった鶏唐揚など、注文した皿を次々に平らげた。
口開けで訪れたが、階上も階下も客でびっしり、外には次の予約客の姿も。
これが、昼から夜の一〇時閉店まで続くのかぁ。
“ 楽関記 ” は、香港人の熟練料理人ひとりを除いては皆若い連中で営まれている。
可愛い女性達も多いが、誰もが的を得た無駄のない動きで休みなく働く。
華人三世の店主、城野 肇さんも多分お若い。
勢いに乗った店屋は、眺めているだけで気分良く過ごせる。
包丁一本晒しに巻いてといった苦行礼賛の時代は、もうとうの昔に終わったのだ想う。
合理的に学び、探究し、気の合った仲間と楽しく日々精進して繁盛店を目指す。
“ 楽関記 ” は、こうして華人街の新しい扉を開けたようだ。
お陰で、また街場の楽しみがひとつ増えたわぁ。

ごちそうさまでした。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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