五百七十五話 生きろ。

毎週の木曜日に食材の宅配便が届くことになっている。
不在時は、専用箱に梱包されて玄関先に置かれる。
海辺の家から北摂の本宅に戻って来た嫁が、最初にやるのはこの箱の回収だ。
この日もそうだった。
「なにこれ!ありえんわぁ!」
目にした惨状は、これ。

「なんてことしてくれんのよ!誰!」
注文先の業者に報告するための 現場写真を撮りながら、嫁の怒りは MAX へ。
確かに、これは酷い。
あらゆるものを開封し、味見し、食えるものはすべて食ったというのがわかる。
写真では伝わらないが、その残骸は、玄関先に留まらず石段まで広がっている始末だ。
「これは、わたしへの挑戦だわ!許せない!絶対に許さないから!」
「いや、まぁ、お怒りはごもっともだけど、誰の仕業なのかわかんないから」
兎にも角にも、業者に事件概要を伝えることにする。
「ああぁ〜、それは鴉ですねぇ、厳重に梱包していたつもりなんですがねぇ」
「本日お届けした商品で、在庫のあるものは改めて明日お持ちするようにいたします」
今回は、不在を予定していたので、生ものの被害はなかったものの、鴉の好き嫌いは見て取れる。
ミートソースは大好き、コンソメも好き、無添加出汁の素はまぁまぁ好き、青汁は嫌い。
本日の献立では、大体そんなところだ。
翌日、再配達にやってきた業者の情報によると、最近こういった被害が急増しているらしい。
コロナ禍の緊急事態宣言による飲食店営業自粛要請で、残飯が街場から消えたことが原因だと言う。
ひとも鴉も同じコミュニティーに暮らせば、同じ事態に見舞われる。
外食出来ないのは、なにも人間だけではない。
そう想うと、腹の虫も幾分治るというものだ。
まぁ、死なない程度に食って暮らしていく他ないからね。

ひとも鴉も、生きろ。

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