五百五十六話 家主が愛した花

この季節になると、海辺の庭は野菊で埋まる。
庭の場所によって、黄色、紫色、桃色、燕脂色など色々と種類も混ざってある。
なかでも先代の家主であった義母が好んだのは、この白い野生菊だった。
ほんとうに、好きだった。
そして、最期にこの海辺の家を後にした夕刻にも、見送るようにこんな感じで咲いていた。
だから、今でも大切に育てている。
とは言っても、格別になにかをするわけでもなくて、ただ増えるにまかせているだけなのだけど。
義母の庭仕事は、草木を矯正させることなく、奔放に育ててその姿を楽しむといったものだった。
“ あなたの好きなようにすれば良い ” と言い遺されたもののなるだけその意には沿いたい。
奔放な庭は、ほったらかしの庭とは違う。
仕事の跡を目立たなくしているだけで、実はけっこうな作業をしいられたりもする。
煉瓦ひとつ積むにも、これで良いのか迷うこともよくある。
病で庭仕事が難しくなった義母から、譲られて一五年が経つ。
あの頃から、ずいぶんと庭の様子も変わった。
家の改築を機に、あちこちに手も加えたし。
だけど、この庭の奔放な雰囲気は、なんとか遺せていると想う。
先日、親子ほど歳の離れた友人が、一年ぶりに海辺の家にやってきた。
「なぁ、庭だいぶと変わったやろ?」
「 そう言われればそうですけど、馴染みすぎててどこがどうかよくわからないですね」
甲斐のない台詞だが、これほど嬉しい一言もない。
手を尽くして、なにも変わらないでそこに在る。
この一事こそが、理想だから。

先代の家主が、どう思ってるかは知らないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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