五百四十二話 西か?東か?

東のひとは、鰻と豚は関東の方が旨いと言う。
確かにそれはそうかもしれない。
鰻の調理方法は、東西で端から異なる。
東は背から、西は腹から、という具合で開くところから逆で。
武家と商人、社会の違いから、武家中心の東では腹を割くことを嫌ったとか。
職人の腕の差から、容易く開ける背開きの方が好まれたとか。
諸説知られているが、とにかく違う。
腹から開くと脂が逃げるので、ふっくらさせるには背からとなるのかもしれない。
そして、おおきく異なるのが、蒸すか蒸さないかで。
東は、焼く前に鰻を蒸しておく、西は、蒸すという過程がそもそもにない。
事前に蒸しておいた方が、注文から供するまでの時間を短縮できるからとか。
一度加熱してあるので、たれを浸けて焼いても焦げにくいとか。
蒸して膨らんでいるので、鰻の図体がおおきく見栄えがするとか。
と、これにもいろいろと諸説ある。
いづれにしても、東の方が、ふっくらとほくほくしているのは間違いない。
で、どちらが好みか?
“ 大江戸 ” “ 野田岩 ” “ みなと” “ 青葉 ”
訊かれてあたまに浮かぶ鰻屋といえば、これらの店屋なのだが。
どの店屋も関東流の鰻を供する。
どこかに、納得させる関西流の鰻屋はないものか?ずっとそう想っていたのだが。
意外と近場の足下に在った。
海辺の家から車で一〇分ほど、明石 “ 魚の棚 ” に構える鰻屋 “ 黒谷 ”
料理屋としては、まだ一年ちょっとの若い店屋ではあるけれど。
黒谷商店の屋号で七〇年以上蒲焼を販売してきた老舗を親に持ち、その隣で始められた。
暖簾を潜ると贅沢な白木の設で。
まだ飴色に育ってはいないものの、上品でピリッとした雰囲気が良い。
先付の蟹味噌豆腐も、風味があって旨い。
塗りの重箱に盛られた鰻丼に肝吸 が添えられて卓に。
脇の小皿に小さく積まれた大根おろしは、口直しによいのだそうだ。
甘過ぎず やや堅めのタレの味。
関東には見られない炭火の焦げ目が、ほどよく香ばしい。
なにより、“ 焼き ” だけに頼った身のやわらかさ加減が絶妙。
この鰻屋は、アリだ!
なにより、親店の助けもあって懐に優しい。
関西流なら、此処だな。

天竜川で隔てられた鰻の西と東、あなたはどっち派?

 

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