三百九十四話 もう一度

ファッション屋の辞書に “ 定番 ” の二文字はない。
一度使った手は二度と使わない。
まぁ、追い込まれた時にはそうも言っておれないのだが。
気構えとしてはそうありたいと思ってやってきた。
だけれども、今期は少し違った考えでいる。
もう一度と思えるものは躊躇わずにやっていく。
このコートもそのひとつである。
“ Round Collar Tent Line Coat ”
緯糸と経糸の番手を違えて高密度に織り上げた馬布を素材として。
表面を僅に起毛させ生地全体に膨らみをもたせる。
コートとして仕立てた後、硫化染色を施す。
独特の皺感やムラ感は、この製品染め加工によって生まれる。
その効果は、天然素材のナット釦にまで徹底されている。
このコートの訴求力は、圧倒的な量感が源泉となっているのだと思う。
生地の肉厚、裾に向かって開いていくテントのようなフォルム、剥き出しのフロント釦など。
据えられた大きなラウンド型の襟もそのひとつかもしれない。
すべてに於いてたっぷりとした量感が意識されているのだ。
長年国内外で活躍するデザイナー達と関わってきた。
そうした経験から言えることがある。
デザイナー自身が醸す雰囲気と創出される服は印象的に真逆であることが多い。
繊細そうなひとは大胆なものを創り、大胆そうなひとは意外と繊細なものを創る。
The Crooked Tailor デザイナー中村冴希君は、間違いなく前者だろう。
大胆という表現を超えてもはや豪胆の域にあると評しても良い。
一切の装飾を排しながらこれだけの存在感を放つ服はそうざらにはないだろう。

それが、このコートをもう一度と思わせる所以である。

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