三百八十一話 真夜中の反省会

今、我家はこんなものを見たり買ったりしている場合ではない状況下にある。
代を継いで溢れたモノを片付けなければならない。
玉と石が混ざり合ったにっちもさっちもいかない暗闇からなんとか脱け出そうと足掻いているのだ。
あるモノは棄て、あるモノは譲り、あるモノは売る。
そんな事にもう一◯ヵ月以上費やしている。
だから、こんな骨董屋を覗いてはならない。
「ちょっと覗くだけ覗いてみる?」
「ぜったいに買わないからな!」
「だよねぇ、うちらそこまで馬鹿じゃないもんね」
「大体、そうそう買うモノもあるはずもないしね」
夫婦でそう言い合って、アンティークの大きな扉を開けて骨董屋の中に。
「マズい!」
「駄目!此処危ないよ!」

店主は、胡散臭い爺いではない。
お若くて、美人で、物静かな女性だ。
「いらっしゃいませ」
「いや、僕達買いませんから、絶対こういうの買いませんから、完全な冷やかし客ですから」
「まぁまぁ、どうぞご覧になってください」
御夫婦で、建築設計事務所を営まれながら、この仏骨董店もやられているらしい。
訊くと、著名服飾デザイナーの店舗設計を数多く手掛けられているという。
なかには知合いの店舗もあった。
さらに、互いに共通の友人もいることがわかった。
そんなこともなにも知らずにお邪魔したのに、不思議な縁である。
それにしても、お若いのにこの感覚をどうやって身につけられたのだろうか?

「どちらにお棲いなんですか?」
「今日は箕面の方からだけど、神戸の海際にもボロ屋が在って行ったり来たりなんだよね」
「へぇ〜、わたしも主人と一緒になる前は神戸の海際だったんですよ」
「塩屋の旧い洋館で産まれて育ったんです」
「塩屋? そりゃぁウチから近いわぁ」
「ホントですかぁ?そこで父も設計の仕事をしてまして、だから仕事は親子二代なんです」
旧い洋館に産まれ親御さんの建築設計の仕事を眺めながら育つ。
なるほど、そうであればこの感覚にも納得がいく。
「では、本日は、こちらと、こちらと、こちらをお求め戴くということでよろしいですか?」
「えっ?まぁ、はい、カード使えますか?」
頭陀袋から財布を取出そうとすると。
「あっ?そのバック Poul Harnden さんのじゃないですか?わたしも持ってるんです」
Poul Harnden は、英国南東部 Brighton でハンド・メイドの製品を創り続けている大男だ。
この頭陀袋は、見た目そこらの布製エコ・バックとなんら変わりはない。
だが、そこらの革鞄よりもずっと値が張る。
五年ほど前に巴里の服屋が売れ残って困っているというのを渋々買って、以来ずっと愛用している。
「ほら、わたしのはカーキ色じゃなくて白だけど」
「うわぁ、こんなの買う日本人が他にもいるんだぁ」
「ホント!でも、わたしウェディング・ドレスもPoul Harndenさんに創って貰ったんです」
「マジかぁ〜」
夫婦ふたりして、包みを抱えて、ガックリと首を項垂れて、骨董屋を出た。
「あ〜ぁ、買わないって言ってたのに、やられまくりじゃん」
「まったくもって、面目ない」

なんでこんなことになったのか? 今晩帰って反省会だからね。

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