六十話 門外漢

門外漢という言葉がある。
職業的な畑が違うという意味で使われる。
僕は、専門分野を離れてモノを創る事に懐疑的である。
職人の手技を必要とする世界ではなおさらだと思う。
だから、門外漢が創ったとされるものは滅多と扱わない。
なのに、どうだとばかりに持ちかけてくる輩がいる。
ANSNAMのデザイナー、中野靖君。
⎡何だぁ~、このToe Shoesみたいな靴は?⎦
⎡何だも何も、Toe Shoesですよ⎦
専門的には何ていうのか知らないが、脚首に巻き付けるリボンみたいなものまである。
あまりに莫迦莫迦しいので、店の隅に転がしておいた。
顧客の方がいらっしゃる。
⎡それ、何?⎦
Toe Shoesのことである。
⎡あ~、これ、ANSNAMの中野君が創った靴ですよ⎦
⎡Toe Shoeって言われてもねぇ⎦
靴には一家言ある方なので、こちらも恐る恐る診て戴く。
⎡まぁ、何と言うか面白いねぇ。何色にしようかなぁ⎦
⎡えっ、コバも磨いてないし駄目でしょう⎦
⎡駄目なの?注文出来ないの?⎦
⎡いや、そういう駄目じゃなくって、この靴の何処が?⎦
⎡こういった靴を手縫いで仕立てるのって面白いし、よく縫ってあるよ⎦
情けない話だが、言われて始めて念を入れて診る。
製法は、HAND MCKEY。
アッパーの革材は、伊GUIDI社のタンニン・カーフ。
通常靴に使われる革よりも、かなり薄い。
コバは磨かれていないが、不思議と雑さや粗野な印象はない。
むしろ繊細と言えるかもしれない。
これって、靴というより服の感覚に近い。
何時だったか、どっかで似たようなものを見たような……………。
十年以上前、英国のBRIGHTONに在ったShoemaker。
確か Paul Harnden だったか。
John Lobb の木型職人を経て独立した靴職人。
彼の靴を初めて見た時の感覚に近い。
当時も、業界内で賛否に分かれた。
やれ粗いだの邪道だの、いや基本のしっかりした風情のある靴だのと。
中野君に訊いた。
⎡この職人って、Hand Sewn Welt もやってるの?⎦
⎡やってますよ。僕も ANSNAM でブーツ作ってますよ⎦
⎡えっ、ANSNAM でまだ靴あるの?⎦
⎡あんた、服作んないで何他のもんばっか作ってんの?⎦
⎡じゃぁ、送りますね⎦
で、Hand Sewn Welt が下の写真。

う~ん、評価に倦ねる。
有りか? 無しか?
この靴ひょっとしたら化けるかも。

まぁ、俺の鼻も三十年越えて鈍ってっから、当てになんないけど。

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