六十一話 四十七人の刺客

僕は赤穂浪士だった。
神戸元町商店街の中程に先輩が経営されている老舗和菓子店がある。
暮になると店の前で、赤穂浪士の格好で餅をつき客寄せするというのが習わしらしい。
意味が解らない。
店先での餅つきはまだしも、何で赤穂浪士なんだぁ?
先輩がやれと命ずればやるという馬鹿の見本市みたいな世界にいたので理由は訊かない。
寒いわ、恥ずかしいわ、こんな姿を女友達に見つかったらどうしてくれるんだ。
まぁ、巨漢の連中が杵を振るうんだから餅としては旨いんだろうけど。
という訳で、大学時代、僕はアルバイトとはいえ赤穂浪士だった。
十二月十四日討ち入りの日、用事で山科にいた。
駅前に⎡山科義士まつり⎦と書かれた幟旗が幾本も並んでいる。
浅野家の赤穂でもなく、泉岳寺のある品川でもなく、山科?
討ち入りの前年、元禄十四年、浅野家家老大石内蔵助は山科に居を移し一年余りをかけ
周到なる仇討ちを企てた。
また、浅野家の祈願寺である瑞光院も山科に在る。
故に山科は⎡元禄赤穂事件⎦所縁の地とされ、⎡山科義士まつり⎦に繋がる。
まつりは、義士四十七人が隊列を組み、朝方に毘沙門堂を出発し、所縁の地を巡り、
夕刻大石神社への奉納で終える。
赤穂浪士と浅からぬ縁で結ばれた僕ではあるが、一日お付合いさせて戴くのはきつい。
大石神社での終幕だけ見学させて貰う事にした。
なかなかの賑わいで沿道には露店が並び、境内は立錐の余地もない。
日本人はやっぱり好きなんだね⎡忠臣蔵⎦が。
映画でも舞台でもドラマでも、もう年の瀬には “ 鉄板ネタ ” である。
日本映画誕生百周年記念作品として市川崑監督がメガホンを取られた⎡四十七人の刺客⎦。
作中、大石内蔵助と愛人かるが暮らす山科のシーン。
大石内蔵助は高倉健さんが、かるは宮沢りえさんが演じられた。
かるは、此処山科で内蔵助の子を宿す。
後の⎡たそがれ清兵衛⎦での演技には及ばなかったけど、髷を結ったりえさんは美しかった。
話は飛んで数年前の冬。
ファッション関係者や芸能関係者が立ち寄る隠れ家的居酒屋 が巴里にある。
仕事を終えて一人で立ち寄った。
満杯でカウンターの隅に一席しか空きがない。
⎡其処大丈夫?⎦九州出身の馴染みの亭主に訊く。
⎡ いやぁ〜、ちょっと⎦亭主が迷っている。
すると空席の隣で飲んでいた女性が言う。
⎡良いですよ、大丈夫だから⎦
何が大丈夫なんだ、空いてるんなら良いだろうと思いながら腰を掛けた。
隣の女性は髪を束ねず垂らしていて顔が見えない。
⎡こちらに住まわれているんですか?⎦と声を掛けられた。
その声、惑わすような Whisper Voice 。
思わず顔を覗いた。
⎡りえさん?宮沢りえさんですかぁ?⎦
目の前に、⎡ Santa Fe ⎦ が。
用を足しに立った時、店に居る嫁に電話した。
⎡今、Santa Fe と、いや、宮沢りえさんと………………。⎦
嫁は、その時来店されていた顧客の方に伝える。
⎡うちの主人、今、りえさんの隣で飲んでるらしいですよ⎦
男性の顧客さんが返す。
⎡えっ、りえさんって、あの Santa Fe の?何で?⎦
⎡ Santa Fe ⎦は社会現象だった。
人気が絶頂となった十八歳でのヌード写真集は、一五〇万部の販売部数を記録する。
日本芸能史上に残るこの記録を越える者は未だにいない。
国会でも問題視された。
僕らの⎡ Santa Fe ⎦を守ってくれたのは民主党の枝野幸男議員だった。
この人耳たぶが大きいだけではない、やる時はたまにやる。
あの世代の男にとって⎡ Santa Fe ⎦は、両隣の家が一遍に火事になるほどの衝撃であり驚きだった。
今では、宮沢りえさんも数々の賞を受賞され日本が誇る女優のひとりになられた。
屈託がないようで影があり、垢抜けておられるようで古風、西欧美人にも大和美人にも見える。
幼く映ったかと思うと匂い立つような色気が薫る、それらが混ざらず時々に変わる。
変わらないのは、あの Whisper Voice だけ、本当に不思議な魅力を持たれた方だった。

ごめんなさい、⎡忠臣蔵⎦のはずが、すっかり⎡ Santa Fe ⎦に。
伊右衛門飲んで寝よ。

カテゴリー:   パーマリンク