六十四話 ふつうの豆腐屋

当たり前の事を当たり前のように日々変わることなくおこなう。
商いにおいて生涯 それを貫く。
ほんとうに少なくなったと思う。
そういう人が、そういう店が。
僕は凄く立派な事のように思うし、人も店も在るだけでありがたいという気持ちになる。
やっぱり、そういうのって時代遅れですかねぇ。
海際にある木造の駅を降りたところから、この商店街は始まる。
商店街というと、まっすぐ延びた路の両側に店を構えるのが一般的である。
気の利いた所では、上に塩化ビニールの屋根があって、雨の日は濡れずに済む。
ここは、まず坂に沿って曲がりくねっており、路の片側は石積みの塀で、なにより狭い。
人は、行き交えない。
路がくねっているので、むろん屋根無し。
風情はあるが、お世辞にも賑わっているとは言いがたい。
そんな商店街の中程に、ふたりで豆腐屋を営なむ老夫婦がいらっしゃる。
間口が狭く奥に向かって長い京町家仕様の店で、奥で売り物の豆腐を作っておられる。
⎡美味しそうですね⎦と声をかける。
⎡おとうさんが作ってるの。味は普通の豆腐よ⎦
能書きは一切なく普通と言い切る。
伝統の技だとか、名水がどうしたとか、大豆の種類が違うとか、老舗ブランド豆腐屋は言う。
聞くだけで、豆腐屋になれそうだが旨かった試しはない。
島豆腐は生姜醤油で、ガンモドキは鍋でいただいた。
旨い、甘い、雑味もない。
そういや、小さい頃食べていた豆腐は、こんな味だったような。
長らく忘れていた。
ずっと、丁寧な仕事を当たり前のように続けてこられたのだと思う。
今では、もう普通じゃないんですよ、おかあさん。
いつまでも、お元気で、普通の豆腐を商って下さい。
おとうさんと仲良く一緒にね。

ごちそうさまでした、感謝です。

塩屋商店街 屋号:田仲豆腐店

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