九十話 役に立たない巴里散歩案内 其の壱 − 北ホテル −

全く役に立たない旅情報で恐縮ですが、三話ほど続けてご辛抱下さい。
では始めさせて戴きます。
ちょっとお願いがあるんですけど、いい加減に止めてもらえませんかねぇ。
再開発かなんか知りませんけど、巴里を小綺麗に掃除するのを。
Bertrand Delanoë さん。
巴里市長として、ゲイ・パレードを先導するのは結構ですけど。
此処だけは、なんとかこのままで残して下さいよ。
時差ボケで早朝目が覚めると必ず行く場所がある。
メトロの八番線に乗って République 駅で降りる。
移民労働者が行き交うこの界隈は、巴里北東部に残る。
この辺りで散髪屋に入ると、もれなくボブ・マーリーにしてくれる。
まぁ、髪の毛があればの話だが。
Temple通りを少し東に歩くと左手に淀んだ水溜りが見える。
⎡ Canal Sain-Martin ⎦
Canal は運河の意味だからサン・マルタン運河となる。
セーヌ川のアナスナル港から、ラ・ヴィレット運河、ウルク運河へと続く。
この水溜り、とかく評判がよろしくない。
不衛生だの、浮浪者が居つくだの、景観が煤けているだのと云われる。
莫迦言ってんじゃない、それが厚化粧に隠された巴里の素顔だろうと思う。
運河に沿った Jammapes 通りを北に向かう。
時折、移動志向の住人や、精神を薄っら病んだ人に声をかけられる。
これも、巴里の下町では珍しいことではない。
通りに面した 102.quai de Jammapes 75010。
⎡ HÔTEL DU NORD ⎦が運河に影を落とすようにひっそりと在る。
仏シネマ界の巨匠 Marcel Came は、名作⎡ 北ホテル ⎦を撮る。
一九三八年だから大戦前の作品である。
話は、安宿に集う男女の心中未遂に始まり、隣部屋のオヤジを巻き込んでの三角関係。
まぁ、巨匠には失礼だが掃き溜めの痴話ばなしだね。
⎡ 北ホテル ⎦の舞台だからというより、今だったら違う作品の方が良いかも知れない。
Jean-Pierre Jeunet 監督の仏映画史上最大のヒット作⎡ アメリ ⎦
⎡ Amélie Poulain の素晴らしい運命 ⎦が原題らしいけど、僕は観ていない。
舞台は、ここサン・マルタン運河なんだそうだ。
⎡ アメリ ⎦のヒットが、この地区を再開発しようという声を大きくした。
全く余計な事をしてくれたもんである。
大人しく、いつものホラー映画でも撮ってりゃいいものを。
僕は、断然掃き溜めの痴話ばなし派だね。
そして計画では、運河沿いにブティックやカフェやギャラリーが並ぶんだって。
ここは、Paris Commune が産声をあげた土地でもある。
間違いなく、労働者の砦であり、庶民の住処である。
もうちょっと成り立ちってもんを考慮願えませんかねぇ。
嘆かわしい想いで、北ホテルを背に運河に架かる橋を渡る。
来た時の対岸にある路、 Valmy 通りを南に戻っていく。
République 通りを過ぎて Oberkamf 通りにあたる。

九十一話に続く。

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