百四十二話 サボテンになりたい。

Viyella Shirt というアイテムをご存知ですか?
ネルシャツと略される Flannel Shirt の事じゃないですよ。
見た目が似ているといえば似ているのだが。
Flannel Shirt は綿素材で Viyella Shirt は毛と綿が半々の混紡素材です。
正しく言うと Viyella Shirt はアイテム名ではなく商標登録名である。
確か英国の William なんとかっていう会社の商標だったと思う。
2∕2の右綾で同じような仕上だが Viyella Shirt の方が一般的には上質なんだろう。
この手のシャツをさらに上質に創ればどうなるかと考えたうつけ者がいる。
ANSNAM のデザイナー中野靖先生である。
⎡おっ、この Viyella Shirt 良いじゃん⎦
言いながらアトリエに掛けてあるシャツを触った。
⎡えっ、これって⎦
⎡さて何でしょう?⎦
うっすらイラッとしたけど。
⎡絹だろう⎦
⎡良いでしょう?⎦
⎡そりゃ良いけどこれって幾らになるの?⎦
⎡さぁ~、どうでしょうねぇ⎦
⎡だよねぇ、そんな事考えないよねぇ考えてたら創れないもんねぇ⎦
⎡よ~し、じゃぁ七万円?⎦
⎡…………………。⎦
⎡そりゃそうですよねぇ、しょうがない六万円?⎦
⎡…………………。⎦
⎡ふざけるのもいい加減にして下さいよ、え~い五万円でどうだ?⎦
⎡無理だね、四万五千円くらいかなぁ⎦
⎡䕃山さんちょっとお願いがあるんですけど⎦
⎡かる~く死んで貰えませんか?⎦
⎡あっ、言い忘れたけど今の値段税込みだからね⎦
八百屋の店先での掛合のようだがシャツは逸品中の逸品である。
日本が誇る伝統絹織物を用いながら今の気分を配色に取入れている。
柄を途切れさすことなくパネル状に全ての部位を繫いで縫製していて。
素材・染色・仕様・縫製あらゆる工程で一分の隙もないシャツだ。
はっきり言って見事な仕事だと思う。
先日別件で中野靖先生から電話があった。
この別件もこのシャツ以上に厄介な内容なんだけど。
⎡まぁ、愚痴を聞いて貰うようで申し訳ないんですけど⎦
⎡ここまであれこれ手を尽くしてやってですよ、一体どれだけの人にわかって貰えるんですかねぇ⎦
⎡そういった事を考えると辛い感じがする今日このごろなんですよ⎦
だいたいが季節の変わり目になるとこういう事を言いだす。
⎡あんたねぇ、花でも木でも種蒔いて水やって肥を施して花が咲き実が成るんだろう⎦
⎡今、水や肥を怠ったら枯れるっていう話じゃないの⎦
中野靖先生は言う。
⎡あぁ俺、サボテンになりてぇ〜⎦

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