百七十六話 美魔女

服屋だからといって、服の事をなんでも解ってるかというとそうでもない。
三十年以上この業界にいるけど、
ずっとメンズ服を手掛けてきてレディース服の経験はほとんど無い。
それでも、メンズ目線の婦人服が良いと言われる有難い方もおられる。
なので、Musée du Dragon でも細々とレディース服を展開している。
でも根本的にはわかっていないので、ちょっと注目されると未熟さが露呈してしまう。
⎡あのぉ〜、ちょっとお伺いしたいんですけど宜しいでしょうか?⎦
⎡STORYに載っているレース・ブラウスってお取り扱いされてますか?⎦
STORYって何?
レース・ブラウスってどれ?
⎡すいません、ちょっと担当の者と代わらせて戴きます⎦
ほんとはレディース担当なんて何処にもいないんだけど。
恥はかきたくないので女性スタッフに丸投げする。
⎡ …………………はい、はい、サイズの方はそれでよろしいかと存じます⎦
おっ、なんだかんだ言ってもやっぱり女だなぁ。
話通じてるじゃん。
ご注文有り難うございますとか言ってるし。
⎡何んだって?⎦
⎡Intimate Diary のブラウスを通販してもらえないかって⎦
⎡ふ〜ん、で、STORYって何?⎦
⎡知らん⎦
⎡えぇ〜、知らねぇのかよ、女だろ?⎦
⎡女でも知らないものは知りません⎦
⎡なに居直ってんだよ、調べろよぉ!⎦
そもそも調べてから扱えって話なんだろうけど、面目ない次第です。
STORYというのは光文社が発行している雑誌で、
新しい四十代女性のためのファッション&ライフスタイル誌なんだそうだ。
わかったような、わからないような、微妙な謳い文句である。
そうこうしていると、次々に同様の内容で問合せが相次ぐ。
口調から察するに皆さん大人の落着かれた女性らしい。
サイズの件もあって身長をお訊きすると、一七〇センチ前後の方々が多い。
モデル体型?
ひょっとして美魔女?
妙に妄想が膨らむ。
美人に囲まれて毎日楽しく接客って。
残念ながら、まずもってそんな日は来ないだろうけど。
俺も完全に生きる道間違えたよなぁ。

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