百七十七話 なにかがおかしい “ doublet ”

寒い寒いと思っていたら、遂に春がやって来た。
こうやって陽気に包まれると不思議と欲しくなるものがある。
鞄なんだけど。
それも、仕事鞄みたいな色気のないやつじゃなくてもっとファンキーなのが欲しい。
で、それを下げて、どっか旅にでる。
実際には、そんな暇は無いので行かないけど。
気分だけでも味わいたい。
そんな訳で、そんな鞄をひとつ御紹介させていただきます。
オレンジ色の部分は、革で原皮の端をそのまま活かして底に据えている。
なので、一頭一頭の違いが一点一点の違いに繋がる。
ちょっと生っぽい話で恐縮ですがそうなっています。
本体の帆布も妙だ。
ボーダーが妙に途中で歪んでいる。
先染めでもなく、プリントでもなく、抜染でもなさそうである。
デザイナーの井野将之君に訊く。
⎡これ、どうやったの?⎦
⎡実は、ブラスト加工なんですよ⎦
⎡ブラスト加工って?デニムに施すあのブラストの事?⎦
⎡そうです⎦
⎡マジっすか?⎦
帆布は太番手の綿糸を力織機で平組織に織る。
太い糸は芯まで染料が浸透しないので、表面を削ると白く残った芯の部分が顔を出す。
デニムの場合は綾織りだが、穿きこむと摩擦により表面が擦れて同じ現象が起こる。
強制的にこういった中古感を演出するために用いられる手法が、ブラスト加工である。
ちょっと面倒な加工で、加工賃もそれなりに高い。
そんな手法を、たかがと言っては失礼だがボーダー柄を表現するためだけに用いるとは。
この井野君もかなり変っている。
一点一点異なる表情をもつトート・バック。
写真のオレンジの他にイエローもあって、色合いも良い。
春の陽気に誘われてこんな鞄を手にするのも一興かもしれない。
それにしても、“ doublet ” というブランドなにかがおかしい。

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