二百九十四話 美しい靴とは?

六月に入って、Musée du Dragon らしいマニアックなアイテムも有難いことに好評で、
さすがに、ちょっとホッとしてます。
ってことで、服だけじゃなく次は靴です。
遅れに遅れ、待ちに待った、Authentic Shoe & Co. の新作。
“ THE OFFICER SHOE ”
普通で、凡庸で、常識的な靴である。
だが、此処に在る洗練された平凡には、装飾的な美しさを越える美しさが内包されている。
外観的には、面白味を欠く靴だが、この上なく端麗な靴だと思う。
美しい靴とは、どのような曲面のなかに存在するのか?
削られた last は、その答を伝え物語っている。
そして、その探求は、last にだけ留まっているわけではない。
あらゆる工程、あらゆる部位に於いて試みられている。
例えば、素材。
この靴は、カーフではなく、伊産のカンガルー革が用いられている。
カンガルー革は、強靭で、軽い、なので、薄く漉いても強度を損なうことがない。
今回の靴では、〇.七ミリの厚みにまで漉かれてあって、皮膚の如く last に被さる。
薄ければ薄いほど、last に添って、目指す理想のフォルムが実現出来る。
この単純な構造発想が、効を奏している。
次に、靴底を覗いてみる。

踵底面の内側が、爪先方向に弧を描いて長く伸びているのがご覧戴けると思う。
義肢装具に似たようなものがあったり、Trickers や Alden でも採用されていたような気もするが。
定かでないので訊いてみた。
“ Thomas Heel ” と呼ばれる代物で、内側にかかる負荷を構造上補強する効能があるのだという。
一八九五年に考案した英人外科医の名を冠しているらしい。
一説には、靴を側面から綺麗に見せる効果を期待して用いる職人もいるのだそうだ。
まぁ、理屈はさておき、この靴底の風情はなんとも言えず良い。
靴は、ヒトにとって欠かせない道具であると同時に、最も身近な美的造形物でもあると思う。
機能的に履きやすいだけでも、視覚的に美しいだけでも、満足できない。
靴マニアとは、そうしたものである。
靴マニアの欲求は、尽きない。
いつの頃からヒトは靴を履き始め、いつの頃から靴職人という生業が生まれたのか、知らないけど。
およそ紀元前であるに違いない。
悠久の歴史の中で、数多の靴職人が、同じ難題に挑んできた。
究極に美しい靴とは?
多分、未だ正解に辿り着いた職人はいないと思う。
竹ヶ原敏之介も、そんな靴職人のひとりなんだろう。
きっと、生涯、自らの仕事に納得することはないんじゃないかな。
因果な話だが、だからこそ、Authentic Shoe & Co. の靴は美しいのかもしれない。
僕は、引退前に竹ヶ原君の創るこんな靴が見てみたい。

“ 洗練を極め、野趣に富んだ古典靴 ”

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