二百九十一話 華人の味

港街、神戸に暮らす華人は多い。
移り住んだ国の国籍を取得した者を華人と呼び、そうでない者は華僑と呼ぶと聞いたことがある。
中華人民共和国政府としての定義らしいが、知ったことではない。
学生の頃から、どのクラスにもひとりやふたりいたが、華人か華僑かなど気にしたことはなかった。
国籍の有無に関わらず彼等は、一様に母国の伝統や言語や生活習慣を異国でも貫き守っている。
良くも悪くも、華人のコミュニティ形成能力は、他民族に比べて極めて高いのだと思う。
おかげで、独特の異国情緒が漂う街として、今の神戸がある。
観光客で賑わう南京街などが、そのひとつだ。
神戸で中華飯となれば、まず思い浮かぶのがこの界隈だろうが、少し離れた所にも旨い店屋はある。
華人の商圏は、元町駅から山手へと毛細血管のように張巡らされていて。
路地裏の奥に、ひっそりと佇んでいたりもする。
“ 紅宝石 ” も、そんな中華料理屋の一軒である。
僕が学生の頃には、既に在ったので、ちょっとした老舗なんだろうと思う。
路地裏の小さな木戸を開けると、意外と中は広い。
昔は、パイプ椅子に座らされたような気がするが、魔窟のような妖しい雰囲気は相変わらずである。
李松林と順華という名の華人親子が、厨房を切盛りする。
この親子は、肉料理の名手として中華街でも知られた存在だ。
さて、昼飯時、僕が何を食べに此処
 “ 紅宝石 ” に来たかというと、実は中華料理ではありません。
カレーライスです。
正確には、広東人が創るカレーライスで、品書きでは、紅宝石風牛バラカレーライスとなっている。
食の都中国広東省には、紅焼牛喃という牛肉の醤油煮込みのような料理がある。
その肉片が、カレーの中にゴロゴロと転がっていて、正直、皿としての見てくれは少々悪い。
まず、薬膳のような八角の香が鼻をつく。
辛みは、粉末化された Cayenne Pepper ではなく、刻んだ鷹の爪によるのだろう。
辛さの好みは人それぞれだろうが、僕にはほど良い。
野菜は、煮崩れずにかたちを保っているが、それぞれに柔らかく、食感として邪魔にならずにある。
とにかく、中国原産の香辛料 “ 八角 ”  が強い個性を放っている。
僕は、この味に似たカレーライスを、他所で出逢ったことがない。
癖は強いが、はまれば病みつきになる妖しい一皿です。
たしか、“  紅宝石 ” は、中国語でルビーを意味したと思う。

名の如く、ルビーの妖しく紅い輝きが、港街の古びた路地裏を仄かに照らしている。

 

 

 

 

カテゴリー:   パーマリンク