二百二十三話 家電化する車

最近、嫁が車を買替えたっていう話なんだけど。
その前に、昔、嫁が車を買ったっていう話をしたい。
独立しデザイン事務所を始めて一年くらい経った頃、トヨタの担当者から電話がかかってきた。
親の代から、個人も会社も車はトヨタだったので、よく見知った奴だった。
⎡䕃山さん、ちょっと奥様に御注文戴いてます御車の件でご相談がございまして⎦
⎡何欲しいって言ってんの?値の高い車種じゃねぇだろうな?⎦
⎡いや、まぁ、車種は一応スターレットなんで⎦
⎡ふ〜ん、こじんまりしてて良いんじゃないの⎦
⎡本人がそれで良いって言ってんなら、それで良いよ、俺、車に興味ねぇから⎦
⎡奥様、大丈夫ですかねぇ? ⎦
⎡知らねぇよ!テメェんとこは、そんな危ねぇ車売ってんのかぁ?⎦
数ヶ月後、納車日に庭先に出てみると、漆黒に塗装されて、ずんぐりと膨らんだ車が停まっている。
MAD MAX に登場する “ Interceptor ” を不細工に仕立たような車だが、妙な威容をしていて。
街中で見かけた事がない。
⎡これ何?スターレットじゃねぇじゃん⎦
⎡ほんとスイマセン、でも、これでもスターレットなんです⎦
⎡なに謝ってんの?大体スターレットってこんなに大きくねぇだろ?⎦
⎡それに、なに、あちこちに穴空けてんの?⎦
⎡冷却口でして⎦
⎡なんせ、ほら、これですから⎦
ボンネットを開けると、素人でも解るような獰猛なエンジンがキチキチに詰まっている。
⎡これ、スープラの改良型エンジンです⎦
⎡アンタ阿呆ですか?誰がこんなもん頼んだんだよ?⎦
⎡……………………………。⎦
⎡わたしだよ〜ん⎦
装備された MOMO Steering や RECARO Sheet を満足気に確かめながら、嫁が応えた。
⎡オメェ、営業として、なんで止めるように説得しなかったんだよ!⎦
⎡それは、御主人様の役割でして、わたしどもとしましてはなんとも⎦
⎡先日ショールームにお越しになられまして、当社で最速の車をというご要望を承りまして⎦
⎡かような次第に至ったという訳で、申訳ございませんが、つきましてはこちらもよろしく⎦
車輌代金、保険料等の明細書と請求書を手渡された。
⎡糞高けぇ〜⎦
これが、嫁が車に興味を持っていた最後の時だった。
十五年以上の月日が流れ、具合の悪い親を乗せるという理由からセダンでなければならなくなり。
なにより省エネとかいう社会事情から、車の有様そのものが変った。
車に対する嫁の価値基準は、明快である。
デザインでも、ステイタスでもなく、 速いか遅いかその一点でしかない。
今回の買替えも、TOYOTA 86 が今の家族状況では無理だとなると、もうなんでも良いとなる。
結局のところ、おとなしく AQUA にしたらしい。
内燃機関と電動機を動力源として備えたいわゆる HEV CAR である。
嫁に言わせると、これはもう車ではないらしい。
冷蔵庫等と同じで、家電製品なんだと言う。
こんなんだったら、トヨタ販売じゃなくて “ ジャパネットたかた ” で売れば良いのに。
こうして、嫁にとっての不本意な買替えは、納車の日を迎えた。
見てくれと言うので出てみると、黄色い猪豚みたいな車が停まっていた。
新任の担当者に訊く。
⎡これ、たしかに AQUA だけど、なんかちょっとカタログの写真と違わない?⎦
⎡いぇ、あの〜、奥様からエアロ仕様にするようにとのご用命がございまして⎦
⎡ はぁ?HEV CAR をエアロ仕様にって、なんの意味があんのぉ?⎦
そういや、フロント・グリルや側面が、妙に膨らんでいて悪党面している。
今度は、嫁に訊く。
⎡なんで?⎦
寂びしそうに嫁が応える。

⎡プライドに、意味なんてないもん⎦

カテゴリー:   パーマリンク