五百九十三話 孤高のおんな厨师 !

予約一年待ちとか言う飯屋をたまに耳にする。
たいていが噂ほどでもなかったりするが、此処は違う。
“ 溢彩流香 ”
高槻の古びた雑居ビルの二階で、広東人女性がたったひとりで営んでいる。
たったひとりで奮闘しているので、これ以上人気になったところでどうにもならない。
なので、なるだけ他人に言わないようにしてきた。
それが、この度、百貨店への出店を機に長期休暇をとるのだと聞いた。
出店の事情についてよくは知らないが、それは本人の手によるものではないらしい。
まぁ、百貨店によくある話で、珍しくもないし、どうでもいい。
とにかく、彼女の料理を当分の間口にできないというのが問題だ。
友人から、そういうことなので食べに行かないか?と誘ってもらい、久しぶりに訪ねることにした。
この友人は、“ 溢彩流香 ” の常連を友人にもっていて、当日、その友人が店を貸し切るらしい。
洒落た扉を開けると、元気そうな笑顔で迎えてくれる。
Lin さん。
「どうしたの?百貨店にでるんだって?」
「ちがう!ちがう!わたしが、この手で創る料理は、わたしの知ってるひとにだけ!ここだけ!」
「長く休むって?具合でも悪いの?」
「それもちがうよ!まず、美味しものを創るために身体を鍛えなおす!」
「それから、やりたかったことをやる!」
「自ら食材を育てて、もっと凝った料理を考えて創る!そして、もっともっと良い店にする!」
広東人らしい端的なもの言いだが、こうした短く交わした会話からでも伝わるものがある。
この Lin さんが、どれほど真っ当な料理人であり、どれほど真摯な店屋の店主であるかが。
自身を含めた店屋や店主の良し悪しをどうやって量るのか?に長年あたまを悩ませてきた。
店主が、店屋をやるにふさわしい豊富な知識と経験と技量を人並み以上に備えている事。
店主は、どんな時も店に居て細かく気を配る事。
店は、徹底して清潔である事。
気取らずどこか家的な雰囲気で、いつも変わらずにいる事。
今日の商いモノが、昨日の商いモノよりも良い出来である事。
これらは、立地・収益・効率よりも大切で、算盤勘定だけではどうにもならない。
口で唱えるのは簡単だが、日々毎日休みなくとなると心身が擦り減る。
もし、何かひとつにでも自信が持てなくなったその時は、客に気づかれる前に幕を引いた方が良い。
多分 Linさんも、そうして今日までずっと続けてきたんだと想う。
しかも、これ以上はないほど完璧に。
“ 溢彩流香 ” の料理は、一皿一皿がどれも素晴らしい。
この日で、それらと暫しの別れとなる。
前菜三種盛(葱塩ダレの鮪・海老・南瓜)
漬けた白菜の水晶餃子
豚で出汁をとった鯛の粕汁
水餃子二種(ほうれん草と豚の水餃子・海老の水餃子)
焼餃子
大根と春雨の春巻き
スペアリブと百合根の黒酢酢豚
自家製干豚の葱炒飯
苺大福
Linさんは広東出身、ご主人は西安出身で、“ 溢彩流香 ” の料理は、その双系出自だという。
昔、仕事で中国沿岸部を旅したことはあるが、広東料理や西安料理が如何なるものかは知らない。
ご夫婦の郷土では、こうした食べ物が日常の食卓に並ぶのだろうか?
おそらくだが、それは違っていて、似て非なるものなんじゃないかと想う。
心中にある母国の味を、異国で苦心の末に映した Linさんならではの味のような気がする。
だとすると、誰も真似できない。
繊細で、それでいて骨太で力強く迫ってくる“ 溢彩流香 ” の点心は、小柄な Linさんそのものだ。

ごちそうさまでした。
少しゆっくりして、その後、身体に気をつけて新たな料理と向き合ってください。

唔該 !  再见 !

 

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