五百四十七話 自粛明けに

感染するな!感染させるな!家でじっとしてろ!
もはや、たいして惜しい命でもないけれど。
患って、忙しくしている医療関係者に迷惑をかけるのも気の毒なような気もする。
友人にも、うろつくんじゃない!医者の身になって考えろ!とかキツく忠告された。
そうして、世間並みの自粛生活を送る羽目に。
ようやく、約二ヵ月経って緊急事態宣言なるものが解除された。
ボンヤリとした根拠希薄な発令と解除に付き合ってみたものの、何が変わったんだろう?
ちゃんとしたひとにでも訊いてみよう。
京都大学医学部長を努められ、今は退官され京都山科の病院におられる医学会の重鎮だ。
病院は、いつもの見知った病院の様子とは違っていた。
玄関先には、大型テントが並び、防護服で身を覆った関係者が行き交っている。
解除されても、まだこんな状態なのか?
先生の部屋に通されお会いした。
「いやぁ〜、䕃山さん久しぶりですなぁ、それにしても、大変な事態になりました」
権威主義とは縁遠い方だが、ドクターコートを羽織られたその姿には、いつも圧倒させられる。
「こちらの病院も大変でしたか?」
「今はだいぶと落着きましたが、一時は厳しかったです」
「先生、これから先どうなっていくんですかねぇ?」
「欧米の現状を見て、これからの途上国への伝播を考えますと、楽観視にはほど遠い」
「あれほどの医療水準を誇るZürich でも、想定を超えた状況に見舞われています」
長年 Zürich 大学の医療現場に従事されていた先生が驚かれるのだから、それは余程なのだろう。
「これは、もう集団免疫の獲得を視野に入れざるをえないのかもしれませんなぁ」
集団免疫獲得そのものは、医療行為ではない。
高明な医師で医学者である先生の口から、医療以外の選択肢が提示されたことには驚かされた。
やはり、このウィルスは、畏れている以上に怖ろしい相手なのかもしれない。
「で、䕃山さん、今日はまた山科までわざわざ?」
「いや、まぁ、ちょっとした野暮用で」
実は、この話の流れで語るべきではない野暮用があった。
外食控えの自粛中ずっと、明けたらなにを食おうかみたいなクズな思考にとり憑かれていて。
想い至ったのが、京都山科に在る “ 熟豚 ” の島豚熟成豚カツと豚汁。
人生の最後飯には、これと決めている逸品だ。
まぁ、世の中がどんなことになっても、所詮この程度の発想しか浮かばないおとこです。

“ 熟豚 ” について興味のある方は、五百二十三話でも読み返してください。

 

 

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