五百二話 酉年の暮れに

海辺の家で産まれて育った山鳩。
山鳩の親も、その親の親も、その親のまた親もずっとそうしてきた。
産んでは育てを、藤棚で代を継いで繰り返している。
藤は、義母の寝室に射し込む陽を和らげるようにと植えられたらしい。
もう半世紀を過ぎる老木である。
冬空に寒風が吹き荒ぶなか。
その山鳩が、残らず葉を落とした桜の枝にとまって、藤棚の何かをじっと見つめている。
いつもは、水飲み場で気楽に過ごしているのだが、今日はどうも様子がおかしい。
視線の先に目を凝らすと。

藤棚の天辺に、こいつが!
山鳩の雛だ。
山鳩は、決まってふたつ卵を産むので、もう一羽いるはずだが。
いた!小汚いのがもう一羽!
見上げると、向こうもじっとこちらを睨んでいる。
取り立てて可愛い代物でもないけど、居れば居たで気にはなるし情も湧く。
だが、鳥の子育てにひとが関わってはいけない。
また、出来ることもそうない。
特に山鳩の人工飼育は、研究はされているらしいが、うまくいった試しはないのだそうだ。
なるだけそっとしておいてやるのと。
巣の下にこんもりと盛上げる豆粒大の糞を掃除しながら、巣立ちを待つ他はない。
山鳩の子育ては、夫婦交代でというのが決まりで。
昼間は雄が、夜間は雌が担う。
おおかたの山鳩は、仕事が雑いといわれる。
巣作りも子育ても、どちらかというといい加減で。
ひとや外敵の姿をみて危ないと思うと、平気で育児を放棄して去ってしまう。
その点では、当家の山鳩はちゃんとしている。
強風に耐える巣を築き、雛が巣を離れると連れ帰り、鳩乳と呼ばれる乳をやって懸命に育てている。
同居人である我々の存在にも慣れていて怖がりもしない。
糞の始末や洗濯干しが終わるのを側で待って、それから雛に乳をやるといった具合だ。
山鳩は、雄も乳を与えられるというから。
育児休暇を申請した割には役に立たない人間のおとこよりよほど役に立つ。
孵化して掌くらいの大きさになり毛が生えてくるまで、七日間ほど。
離乳し、もう親の運ぶ餌を口にして、目を離すと巣を離れてうろつく。
この頃になると、糞も臭い。
毎朝、煉瓦に盛り上ったその糞の世話をしているのは俺で。
なんで?という気にもなる。
正直、早く出ていってほしいのだが、未だ飛び立つ様子はない。

酉年もあとわずか、暮れには元気に翔び去っていただきたい。

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