三百九十六話 白いシャツ

よく訊かれることがあって。
「五◯歳を超えてどんな格好をすりゃぁ良いのかねぇ?」
そう訊くひとの中には、誰もが憧れるような歳のとりかたをされている役者さんもおられる。
嫌味なのか?それとも訊く相手を間違えているんじゃないか?という気もするのだが。
曲りなりにも服で飯を喰ってきた人間なんだからそれくらいわかるだろう。
多分、そんな考えから尋ねられるのだと思う。
だが、残念なことにこの業界でカッコ良い人間などに出逢ったことはない。
無論自身も含めてのことだが、大抵が残念な始末だ。
デザイナーなどの創り手、店舗関係者などの売り手、スタイリストやプレスに至るまでである。
どうしたことなのか?
よくはわからないのだけれど、とにかく服を飯の種にするとそうなってしまうのだろう。
だからと言って、商売柄先の問いに答えない訳にもいかない。
「白いシャツに、無地のトラウザーで充分じゃないですか」
「 ただ、ご自分に合った質の良いものとなるとそれはそれで難しいんですけど」
身も蓋もない返答のようだが、これは本当にそう思っている。
五◯年も歳を重ねれば、良くも悪くもそのひとなりの癖が身についていて。
それはもう隠したり直したり出来ないほどに染みついている。
体型、身のこなし、表情、髪型など外見からもはっきり窺える。
特に、おとこはそうなる。
ことさら凝った格好で主張せずとも充分に個性というものが備わっているのだと思う。
逆に身についた個性を嫌って、服なんぞで誤魔化そうとしてもあざとく映るだけだ。
ストイックな白いシャツで充分だろう。
とは云え、白いシャツならなんでも良いとはならないのが服道楽の性だ。
そうした考えから、これはという白いシャツをいろいろと集めてみた。
Vlass Blomme・Slowgun・The Crooked Tailor など出処は様々だが。
どれも視点を違えながら質の高いシャツに仕立上がっている。

こうしてみると、なんの衒いものない白いシャツほど奥が深い。

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