三百七十二話 脳天気な藁服

blog なんかで、ブランドの次回作を店屋がいちいち語るのもどうなのかと思うけど。
たまには、語りたくなることもある。
そもそも、このコレクションは三月二五日に目にするはずだった。
東京に行き、予約した宿に泊り、さて見に行こうかという矢先、いつもの不吉な LINE の着信音が。
 インフルエンザに罹りました 
ほぉ〜、毎度毎度の出来ない言訳にしては、インフルエンザとは大技にでたもんだ。
“ 嘘つけ!”
実際のところは、ほんとにインフルエンザに罹ったらしい。
一年を通して最も大切な日にである。
こんなに見事な不幸を念入りに演出できるおとことは?
ANSNAM の中野靖です。
このおとこの撒き散らす災厄に感染しては堪らない。
“  行かねえよ!一生寝てろよ!”
と返信したものの、他の要件もあり充分な間を置いた先日改めて出向いた。
昼飯をぶら下げてアトリエを訪ねると。
「あれぇ、わざわざですか? どういう風の吹き回しですか?」
どうやら、この おとこの辞書には、“ 反省 ” の二文字は未だ載せられていないみたいだ。
「せっかくだから、ちょっとご覧になりますぅ?」
二◯一五年 ANSNAM 秋冬。
“ 洗練された野趣 ” と言うべきか?
“ 逸脱した普通 ” と言うべきか?
とりたてて変わった服ではないのだが、言葉では表し難い奇妙な雰囲気を漂わせている。
圧倒的なバルキー感をもつ二種類のツィードが目を惹く。
このふたつのツィード素材は、原糸発想をまるで違えている。
一つ目。
英国王室御用達の絨毯に用いられる羊毛というものがあるらしい。
その羊毛を手に入れて、国内紡績で衣料に向くよう油分調整し糸とする。
二つ目。
麻糸のみで織りあげられたツィード生地だという。

まるで、藁だ。
それぞれに異なった糸を、世界にその名を知られた岩手の名工 “ 日本ホームスパン ” が織り上げる。
これらは、寒冷地岩手県花巻で受継がれ育まれた本物のツィード生地であって。
もちろん、手織である。
正直なところ、驚きもしたし感心もした。
背景がまったく異なるふたつの糸を用いながら、ひとつの狙いに着地させる。
油絵具と水彩絵具のそれぞれを使いながら、同じ絵を描くようなものだろう。
また、これほどの重量感を前にして、仕様と仕立に腰が引けたところがない。
堂々とした分量をそのままに服として仕立ている。
ANSNAM 中野靖。
ほんとうに、このおとこは服創りに於いて際どい道筋を行く。
怖れというものがないのか?
多分、ないんだろう。
長年、中野靖の仕事を見てきて想うことがある。
その世界観は、華美ではない、どちらかというと地味だろう。
だが、このおとこの服には暗さというものが微塵もない。
なにをやっても、どんなに凝っても、どこかに脳天気な陽気さが漂っているのだ。
怖れを知らないのだから、それはそうなのかもしれない。

良くも悪くも、非凡なおとこであることには違いないのだと想う。  

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