五十七話 Botanic Hunter

fiction by Musée du Dragon の概要を引き続き考え中です。
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年明け二〇一二年版の物語は、⎡タンポポ⎦じゃなくて、⎡Botanic Hunter⎦です。
Botanic Hunter 或は、Plant Hunterとは、どういった者達か?
答えは、植物の新種を求めて異国を旅する人を意味する。
この稼業の起源は意外と古く、紀元前一五世紀ファラオの時代まで遡る。
香料を目的とした探検だったらしい。
植物採集という優しげな響きとは裏腹に、この稼業は巧くいくと莫大な富をもたらす。
一六世紀のアムステルダムに端を発するチューリップ・バブル等は、よく知られた話だ。
世界中、行こうと思えば何処にでも行ける現在に於いても、この稼業はある。
自宅からほど近くにも、明治期から Plant Hunt で生計を立てている一族がおられる。
植物卸問屋⎡花宇⎦五代目となる若き現当主も、命懸けで植物を追っていると訊く。
組織を挙げて挑む者達もいる。
大阪の老舗洋酒メーカーは、青い薔薇に企業の心血を注いでいるという。
植物を巡る争奪は、千年を越えた今も絶えない。
さて、今回の話をさせていただく。
マーシュ・ペリーが浦賀に来航したのが一八五三年である。
ペリー来航時にも二人の米国人 Plant Hunter が同行した。
遡ること一六〇年ほど、一六九〇年。
和蘭商館付の医師という名目で一人の独逸人が、長崎の出島に渡日する。
名を、Engelbert Kaempfer 英語読みでエンゲルベルト・ケンペルという。
当時、在留外国人の活動範囲は、出島に限られていた。
なので、情報収集は伝聞の域に止まり、物品等の収集は限定的だったとされている。
しかし、ケンペルに限って、ちょっと違ったように僕は思う。
彼は、一六九一年と翌九二年の二度、徳川綱吉に謁見するため江戸に参府してる。
先の話からも、異国固有の植物が富を産むという事実を知らなかったとは考えにくい。
参府の道中、一粒の種も一本の苗も採集しなかったのか。
確かに彼は、医師であって、Plant Hunter であったという記録は残されていない。
彼の渡日に深く係わった、Samuel Von Pufenderfという人物がいた。
欧州で名の通った博物学者である。
この博物学者は、当時未知の異国に旅立とうする友人に何も託さなかったんだろうか。
ケンペルは、帰国後 “ 日本誌 ” を執筆する。
この名著は色んな事情が重なり、著者存命中に出版される事はなかった。
没後一七二七年英国にて出版され、一九世紀に欧州を席巻するJaponismの起点となる。
この著書に、興味深い一文が記されている。
⎡日本には、銀杏の木が生えている⎦
当時の西欧諸国において、学問的には既に絶滅したと考えられていた銀杏。
ケンペルは、この銀杏を “ 生きた化石 ” と表現している。
この記述をもって、植物学に無知ではなかった証しと言えるのではないか。
長い空白の時を経て、ある男がこの一文に異常な興味を抱いた。
Philipo Franz Balthasar Von Siebold
同国の医師であり、博物学者でもあるシーボルト。
一四〇年後の一八二三年、明快な目的と決意を秘めて長崎の出島に渡る。
そして、一八二八年、間宮林蔵の密告によって文政最大のスパイ事件へと発展する。
いわゆるシーボルト事件である。
事件発覚後、軟禁状態にあったシーボルトは、植物標本作製に没頭していたという。
江戸植物学の権威、大場秀章博士はシーボルトを同名の著書にこう評している。
⎡花の男シーボルト⎦
国外に日本の品を、長崎奉行の許可無く持ち出す事は大罪であった。
国土地理に止まらず植物も含まれる。
最後にドクター・ケンペルが何を持ち帰ったのか? 或は、何も持ち帰らなかったのか?
それを知る手懸かりは、このグラフィックに筆記体で記された箇所にある。
一六世紀から一八世紀に存在した世界の主要植物園のリストである。
一七〇〇年代初頭に、日本固有の植物が、このリストの何処かに存在していたとしたら。
例えば、イチョウの樹とか、日本古来種のタンポポとか。
和蘭語通訳を務めた今村源右衛門は、後の手記で些細な事柄を書き残している。
⎡二度目の江戸参府の帰路、箱根宿で独逸人医師の行方が三日の間知れず⎦
最果てにある異国の地、存在するはずのない未知の植物、そして、もたらされる富。
植物にまつわる冒険浪漫の世界。
とは言っても、これは馬鹿の妄想話ですから。
適当にお読み下さい。

いやぁ~、くだらない長話に、お付合い下さいましてありがとうございました。
ほんと、ごめんなさい。

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