九十五話 姥桜

義理の母が、見ごろだと言うので神戸の家に向かう。
海辺の家に着くと。
う~ん、たしかに咲いてるねぇ。
庭に咲く大姥桜。
年増の桜は遠慮がない、歳を重ねる度にあつかましくなる。
⎡まいど~、今年も咲いたりましたでぇ⎦
⎡どないですか?⎦
⎡年増もなかなか棄てたもんやおまへんやろ?⎦
みたいな。
もうこの辺りの桜仲間では、もっともでかくて古株だろう。
自宅の庭は平なのだが、この庭の地面は少し変わっている。
下段、中段、上段と三段に分かれている。
下段には、この地に人が住み始めた頃から居座っている山桃の巨木。
中段の石塀を割るように根を張っているのが、この桜である。
なので、上段にある家屋と庭は、山桃や桜に埋もれた感じになる。
まるで、木の中に住まっているような。
この古館は不思議な住処なのである。
母は、この婆を染井吉野だと云う。

染井吉野は、山桜などとは異なり成長も早いが短命だとも聞く。
だとすると、そろそろ寿命なのかもしれないのだが。
その気配すらない。
さて、昨日の雨で盛りは過ぎた様子だが、せっかくなので花見でも。
嫁は母の付添いで病院に行ったので、姥桜と差向いで一献傾けるかぁ。
酒は、母の故郷出雲の⎡李白⎦。
肴は、桑名の蛤を七輪で焼き、出汁を垂らして山椒の葉を添える。
想えば、この姥桜とも長い付合いになる。
⎡最初に逢ったのは三十年前だから、あんたも女の盛りだったんだよなぁ⎦
この国に産まれると、人生の節目節目に桜が寄添う。
桜の花が舞い散る中、終の旅路への門出を向かえる方もおられる。
⎡逝く空に、桜の花が、あれば佳し⎦ 北桃子
俳号を⎡ほくとうし⎦と読むのだが誰だか解んないよねぇ。
一九七〇年大阪万国博覧会で、⎡世界の国からこんにちは⎦って歌った方ですよ。
旧い話になりますけどご記憶ですか?
名浪曲師、南春雄先生。
さすがに昭和の巨星、粋な辞世の句を詠まれたもんだ。
望んで、そうなれるってもんでもなかろうが。
叶うなら卯月におさらばして、通夜で洒落た句のひとつも披露したいもんだと想う。
運良く、この国に産まれて育ったんだから。
そして、やっぱり季語は⎡桜⎦といきたいもんだ。

だから⎡桜⎦の姐さん、俺より先に逝くんじゃないよ。

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