三百六十一話 場違い

代官山で、焼菓子を喰いたくなった。
いつも珈琲を飲みに立寄る喫茶店には、そういった類のものはないので別の店屋を探すことにする。
どうせ喰うなら旨いに越したことはない。
製菓業界で仏菓子の草分け的な職人が営む菓子屋が、この辺りにあると聞いた記憶がある。
旧山手通り沿いのビルの二階に、工房が併設されたその店屋はあった。
Gâteau basque と珈琲を注文する。
厚く伸ばしたアーモンド入りのクッキー生地に、
スリーズ・ノワールというバスク地方特産のチェリーを仕込み焼いたものが Gâteau basque である。
スリーズ・ノワールの収穫期は短い、季節以外はジャムで代用したりもする。
この菓子屋では、スリーズ・ノワールの代わりにカスタード・クリームが使われている。
まぁ、味的にはアリなのだが Gâteau basque としては亜流なのかもしれない。
で、旨いか不味いかと訊かれれば、そりゃぁ旨いのだけれど。
あまりにも上品だ。
そして、その上品なところが鼻について嫌だ!
素人の僕が喰っても、使われている発酵バターや卵や塩などがこの上なく最高のものだとわかる。
しかし、Gâteau basque の魅力は、焼菓子としての素朴さにあると思っている。
元々、遠洋漁業へと赴く漁師に女房が持たせた日持ちのするビスケット菓子が起源だったという。
そういった土着の風情は、この菓子には微塵も漂っていない。
やっぱり喰った場所柄が悪かったんだろう。
眼下では、どっから見ても四〇万円超えの犬達が通り過ぎていく。
中には、ダウン・ベストをしっかり着込んだ奴までいる始末だ。
こんな閑静で小洒落たとこで、Gâteau basque を注文したこと自体が間違っている。
あ〜ぁ、こんなことなら面倒でも路地裏の LAUBURU にでも行くべきだったなぁ。
LAUBURU には、バスク料理の名手で、それはそれは怖ろしい豚番長がいる。
豚番長が創るバスク豚の喉肉と皮のパテやらなにやらをたらふく喰った後に。
〆に出されるほんものの Gâteau basque 。
日本で、あの味を凌ぐ味は多分ないのかもしれない。

それにしても、場違いで残念なおやつの時間でした。

 

 

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