三百五十七話 The Crooked Tailor 不動の世界観 

世の中には頑なひとがいるものである。
この業界にも数は少なくなったもののいるにはいる。
幸か不幸か?多分不幸なんだろうけど、そういう輩が妙に寄りついてくる。
決して呼んだわけでもないのに、ふと気づくと傍にいるみたいな。
The Crooked Tailor の中村冴希君もそんなひとりで、基本他人の言うことは聞かない。
自ら手縫で仕立た服を扱ってくれという。
彼の目指す仕立は、ほんとうのハンド・メイドで、布と針と糸でほぼ全てが完結する。
芯地からボタン・ホールに至るまで、それは徹底されている。
創るにしても売るにしても、大変な手間と労力が懸かる厄介な仕事になるだろう。
気持ちはわかるけど喰えないからやめた方が良いと言っても聞かない。
それなら、ミシンで縫う箇所をもうちょっと増してハーフ・メイドにすれば?と言っても聞かない。
せめて、ボタンホールだけは手纏りじゃなくても?と言っても聞かない。
ブランド名に “ Crooked ” とあるように屈折しきっている。
屈折していて頑固という救い難い人物なのだが。
見方を変えれば、愚直な情熱家とも言える。
出来る限り他人を介さず、自分自身の手で、気に入った服を納得のいくまで仕立てたい。
販売も対面に限って欲しいという。
まぁ、この手の服をネットで右から左に売ろうなんて、よほどの素人か?根っから横着な奴か?
生まれつきの馬鹿か?のいづれかだろうけど。
ただ時代に合っているかと問われれば、いつの時代の話なんだということになる。
中村冴希君が普通の服屋でいられた時代は、一九世紀末で終わっている。
一◯◯年以上も昔の話である。
正直、今の時代に、こんな服に出逢えるとは思ってもいなかった。
また、ここまでの情熱を服に注げるひとに出逢えるとも思ってもいなかった。
この歳になると、誰のどんな服を見ても、青臭い感動など滅多に沸いてくることはない。
しかし、The Crooked Tailor の服を目にした時。
真っ当な服とは本来どうあるべきだとお考えですか?
いままで、いい加減な服を創ったり売ったりしてやしませんか?
そんなことを問い質されているような気がした。
プロの眼には。

The Crooked Tailor 不動の世界観は、ちょっと怖い景色にも映る。

 

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