百二十八話 タニマチ

ありがとうございます。
いやぁ〜、うれしいなぁ。
こんな道楽仕事を評価していただいた上に注文まで。
職人の辻一巧君も様子をうかがいにやって来た。
⎡あ〜良かった⎦
⎡こんなに手間懸けたけど一本くらいしか注文貰えなかったらどうしようかと思ってました⎦
⎡おまえねぇ、Musée du Dragon を舐めんじゃないよと言いたいとこだけど⎦
⎡俺も四本か五本くらいの注文だろうなと思ってたよ⎦
⎡こりゃぁ、銀材ちょっと仕込まなきゃなんないなぁ⎦
⎡それはそうとこの銀材ちょっと白っぽくない?⎦
⎡ Four Nines だったらこんな感じですよ⎦
⎡えっ、これって 99.99 なのぉ?⎦
⎡そうですよ、一齣一齣手で創るとなると極限まで柔らかい純銀でないと無理ですよ⎦
⎡知らなかったんですか?⎦
⎡うん、 俺馬鹿だから難しいこと解んないんだよね⎦
⎡じゃぁ、解んないのにこんな厄介なもの創れって言ったんですか?⎦
⎡まぁな、でも評価して貰えたんだから良かったじゃん⎦
世の中にはこういう仕事を理解して銭を出してやろうという方々がおられる。
そのお陰で職人は飯が喰える。
僕も喰える。
創って良かったと思うし、また新しく何かを創ろうかという気持ちにもなる。
浪速には、いや日本には “タニマチ” という言葉がある。
大阪市内の谷町という地名に由来するのだが。
相撲界の隠語で、力士または部屋を私的に支える贔屓客を意味する。
伝え聞いた話では。
明治初期、谷町七丁目で開業していた萩谷義則という医師がいた。
たいそうな相撲好きで力士が診療に訪れると無償で治療し高価な薬を処方していたと言う。
その噂が角界に広まり特別な好角家を “タニマチ”と呼ぶようになった。
今では相撲界だけでなくいろんな業界で広く使われている。
そして、Musée du Dragon の顧客様の中にもおられるんじゃないかと思う。
客と店屋といった関係性を越えた特別な存在。
どんな酔狂な仕事でもちゃんとやれば必ず応えて戴ける。
ただし少しでも手を抜けば見向きもして貰えない。
流行ものだからでもブランドものだからでもない、ただ創り手の性根を見据えて大枚を叩く。
おられるんですなぁ、そういった方々が、Musée du Dragon には。
そこで、今回のこのブレスレットなんだけど。
ご注文戴いた方それぞれに手首の寸法が異なる。
駒の数を増減させるか、適当に大中小と創るかそんなところで対応するのが普通なんだろうけど。
このブレスレットはCAST (型)に頼らず全てをひとりの職人の手で仕上ていく。
だから、手首の寸法に応じて一駒一駒の長さを均等に調整し注文どうりにお届けする。
あんまり聞かない話でしょ。
なんせ “タニマチ” 所縁の大阪で店屋をやってるんだから。
これくらいやらんとあきまへんねん。

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