百五十五話 古き良き時代

“ Belle Époque ”
始まりは定かではないが、およそ十九世紀の末辺りからだろう。
終りははっきりしている、一九一四年だ。
なぜなら第一次世界大戦の勃発が欧州全土に暗い影を落とすから。
巴里万国博覧会が開催された一九〇〇年を挟んだ前後の時代。
誰もが巴里は “ 良き時代 ” だったと言う。
僕が初めて巴里を訪れたのは一九八四年だから、
“ Belle Époque ” から八十年ほど経った巴里を見た事になる。
それでもまだ街のあちらこちらに時代の名残りが残っていた。
巴里再開発計画は、ここ十数年で街を大きく変貌させてしまった。
今では、よほどに注意深く見るか、専門のガイドブックに頼らないと出逢うことは叶わない。
同じ頃、SLOWGUN の小林学氏も巴里にいた。
もっとも僕は出張者で小林氏は住人だったんだけど。
まぁ、大袈裟に言えば、
“ Belle Époque ” の消え往く香りを嗅いだ最期の外国人世代として互いに通じるところがある。
その小林氏が今期酔狂なストールを創った。
時代が揃っている訳ではないが、巴里の良き時代が香る Vintage Scarf はそれでも古い。
中にはオリエント急行の特等車輌で記念に配られたものだってある。
そして Vintage Scarf に伊 Piacenza 社製 Cashmere Wool の生地をアトリエで一点一点縫い合わせる。
相方の Piacenza 社の歴史は “ Belle Époque ” どころではない。
一七三九年創業で、おそらく現存する毛織物工場としては最古の類だろう。
古いんだけどなんとなく華やいだ気分にさせてくれる Stall に仕上がっている。
色んな柄があった。
最後の一枚をお買い上げいただいた御客様が一週間ほど経ってまた来店された。
⎡あのストールなんだけど、あと何枚創れるのぉ?⎦
⎡いや、この前戴いたストールが気に入ってねぇ⎦
⎡あれから、全国の取扱店に問合せて五枚ほど集めたんだけどまだ足りなくって相談に来た訳よ⎦
⎡え〜、マジですかぁ?⎦
⎡って、いまいちよくわかんないんですけど何にまだ足りないんですか?⎦
⎡いやなんとなく気分的に満たされないというか⎦
⎡まぁ、創れないこともないんでしょうけど、どんな柄になるかわかんないですよ⎦
⎡そうなんだよねぇ、それがまた良いんだよね⎦
⎡ふ〜ん、そこなのかぁ⎦
実のところ僕は、こういう訳のわからない話が商売的にも性格的にも大好きだ。
さっそく恵比寿にある SLOWGUN のアトリエに向かった。
小林氏と奥様と三人で Scarf を選り分けて数枚の Stall を創った。
そして想った。
布地とは不思議なもので、産まれて生きた時代を映すものがある。
この Stall がというんじゃなくて古き良き時代が人を惹きつけるんじゃないかなぁ。
それしても世の中にはまだ道楽な人がいるもんである。

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