百六十五話 初球

こんなご時世にあっても危険を承知で独立して自身のブランドを構えようとする者がいる。
銭金だけを云々するのであれば、他に歩き易い道があるとも思うのだけれど。
その勇気と覚悟には心から敬意を表したいし、同じ稼業の人間として有難い事だとも思う。
新しい才能が産まれて育たないと業界自体が停滞し濁って力を失いやがて消えてしまう。
大袈裟かもしれないが、そう思ってしまうほどに independent brand の話が聴こえてこない。
そんななかで、
MIHARA YASUHIRO からひとりのデザイナーが独立するので見て貰えないかと声がかかった。
デザイナーは井野将之という人らしい。
ブランドの名は “ doublet ” という名称で二〇一三年春にデビュー予定らしい。
その程度の情報で充分だ。
いらぬ先入観をもって接すると判断を誤る。
出来るかぎり客目線でモノ自体を素直に眺めた方が良いのだが、実はこれがなかなかに難しい。
昨年の夏、暑い盛りに指定されたショールームに出向く。
まず全体を見る。
表現にまわりくどさがなくて軽妙でコミカルなコレクションという印象を受けた。
そして個々に見る。
出身ブランドの遺伝子かもしれないが、凝った手法を駆使している。
ただ、どの手法もわかりやすく効果的に響くように配慮されこなされてある。
モードによく見受けられる独善的な難解さは敢えて省いたんだろうと思う。
まぁ、球筋としては直球だね。
そのあまりの直球ぶりに笑ってしまったアイテムがあった。
デニムパンツのパッチが巨大化している。
この手があったか!というデザインだが、画で描けても実際創るとなると面倒極まりない。
このパッチだけでもパーツ数は五つにもなる。
しかもずれないように付合わせて縫上げなければならない。
デザイン画の段階で止めるように言う奴はいなかったのか?
それともこういう仕事に快感を求める変態的な縫い手がどっかにいるのか?
馬鹿馬鹿しいが面白い、面白過ぎる。
しかし、このデニムパンツはただ面白いというだけの代物ではない。
絶妙のテーパード・シルェットを誇る。
パターンは、08 sircus 出身の村上高士氏が務めると知らされて納得した。
⎡これ、俺のサイズもあるのぉ?⎦
もちろん、Musée du Dragon でも取扱います。
他のアイテムも Tops・T-Shirts・Shoes から Bag まで展開予定です。
二〇一三年一月 “ doublet ” 始動します。
さ〜て、この初球、直球ストライクとなるか? たんなる荒れ球となるのか?

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