百九十六話 LINE

このところ俺の電話にはなかなか応じず、嫁の携帯に LINE で連絡してくる輩がいる。
ANSNAM の鬼才デザイナー 中野靖先生が編出した新たな伝達手段である。
先日も、嫁の携帯がピコッと鳴った。
⎡じゃぁ〜ん、これ見てぇ⎦
嫁から手渡された携帯を覗くと、不細工な兎が笑っていて。
“ 明日から日曜まで連絡つきませんので、よろしく! ”
⎡こいつ誰?⎦
⎡ヤッサンにきまってんじゃん⎦
秋冬採寸用の製品見本を送るようになってんのに、どうなってんだぁ。
電話しても出もせず、留守電にもならずプッと切れる。
折返し電話がかかってきて。
⎡どうしたの?なんで日曜まで連絡つかないの?⎦
⎡ふっ、ふっ、ちょっと海外に出るんですけど⎦
⎡何処に?何しに?⎦
⎡台湾に、旅行なんですけどね⎦
⎡はぁ?じゃぁ製品見本どうすんだよぉ?⎦
⎡あぁ、それは今日送っときましたから⎦
⎡ってことは、俺は明日から採寸に追われて、あんたは台湾で小龍包ってことかぁ?⎦
⎡いいじゃないですか、僕だって徹夜続きで頑張ってきたんですから!⎦
確かに、奴が何処に行って、何をしようが知ったこっちゃないんだけど。
そんなやりとりの末に送られてきたコレクションの中に、一着の粋なコートがあった。
“ Reversible Balmacaan Coat ”
毛/綿のダブルフェイス素材は、伊の CERRUTI 社製でニードル起毛という手法が用いられている。
インク色をしたギンガム・チェックのコート生地は、懐古的でもあり前衛的でもある。
その生地を、たっぷりとした量感を持った Balmacaan Coat へと完璧に仕立てる。
口にしたくないけど、中野靖先生良いセンスしてるわ。
一九六〇年代に、Nino Cerruti 氏が残した偉業へのオマージュ的な感じすらする。
翌朝一番、携帯がまたピコッと鳴る。
LINE だ。
中野靖だ。
今度は、あの不細工な兎が飛行機に乗っている。
そして一言。
“ では、行ってきま〜す ”
台北でも、平壌でも、勝手に何処へでも行けよ!

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