二百七十一話 ほんとうに怖い Mother Goose !

英国の春を象徴する花として知られるラッパ水仙。
英国人に、「あなたにとっての春の風景は?」と訊けば。
倫敦南西部の Hampton Court Palace Garden や、
挂冠詩人 William Words Worth が詠んだ湖水地方 Ullswater の Gowbarrow Park を想うのだと思う。
どちらも、水仙が群生する名所として愛されている。
行ったことはあるけど、水仙の季節ではなかったので、実際には知らない。
そんな風景とは、ほど遠くて、お見せするのもお恥ずかしいショボい奴らだが。
海辺の家にも、いろんな種類の水仙が、あちらこちらに好き勝手に生えている。
芍薬、牡丹、百合のように、古今東西、ひとは、花を美女に喩える。
ラッパ水仙も、Mother Goose の詩の一節に登場する。
Daffy-Down-Dilly is new come to town, With a yellow petti coat, and a green gown.
「緑の上衣、黄のスカートを穿いた水仙少女が街に来た」みたいな。
挿絵を見ると、絶世の美女ではなく下町のネェちゃんぽい。
妖艶・可憐というよりは、ちょっと、お馬鹿で親しみやすい風情を水仙に見立てたのかもしれない。
ようやく話が、ラッパ水仙から、本題の Mother Goose まできた。
聖書・シェイクスピアと並んで、英国人にとって教養の礎とされる伝承童謡 Mother Goose 。
その本当を知って以来、僕は、大嫌いになった。
怖く、おぞましい話が、数々収められていることを御存知だろうか?
例えば、“ My mother has killed me ” では。
母が娘を殺し、父が娘を喰らい、兄が食卓の下で骨を拾って、床に埋めた。
また、こんなのもある。
Ring-a-Ring-O’ Roses. A pocket full of posies. Atishoo! Atishoo! We all fall down.
薔薇の花輪だ。手を繫ごう。ポケットに花束さして。ハクション!ハクション!みんな転ぼう。
隠された真実は、訳どおりではない。
薔薇は、ペスト感染による赤い発疹。
花束は、ペスト予防に用いられた薬草。
ハクションは、末期症状に見舞われる激しい咳。
“みんな転ぼう” は、街中全滅を意味している。
欧州に於いて、全人口の三割が死に至ったというペストによるパンデミックを謳ったという。
他にも、まだまだある。
“ Mother Goose ” か “ Ring ” かというほどに恐ろしいのだ。
この話の流れでいくと、Daffy-Down-Dilly にも、違った真実が秘められているのかもしれない。
水仙少女が、実は…………………。
庭に咲くラッパ水仙を眺めていると、ついそうした想いが頭をよぎる。

春になると、色々とおかしな事を考えてしまう。

カテゴリー:   パーマリンク