二百四十二話 外套の醍醐味

“ 外套 ”
今時、全くの死語だが、なんとなくノスタルジックな言葉で気に入っている。
Coat の語源は、仏語の古語である Cote であると言われ、一番外側に着用する衣服を総称する。
なので、外套とは、なかなかに的を得た言回しなのだと思う。
この季節になるといつも口にするけど、僕はこのコートという服種が大好きだ。
着るのも、創るのも、売るのも。
ちゃんと仕立てられたコートには、他の服種にはない魅力がある。
ただ、創るとなると、技術的にも、デザイン的にも、結構厄介で難しい。
服飾史を紐解けば解るように。
意匠、構造、素材等が、用途別に確立されている。
新たな要素を組込む余地が、他の服種に比べて極めて少ない。
下手に斬新さを狙って弄くると、大抵の場合、原型より見劣りして不首尾に終わる。
だが、このヒストリカルな背景と由来こそが、コート好きを魅了するのだと思う。
僕は、毎年コートを数着買う。
嫁に、どうかしていると罵られても止めない。
今年も買うのだが、その中の一着がこれです。
“ Duffle Coat ”
起毛仕上のメルトン紡毛織物で仕立られ、その名称も生地産地であるベルギーの Duffel に由来する。
北欧の漁師町に産まれ、英国海軍の艦上用外套として育ってきたこのコートも、特異な仕様を持つ。
Toggle と呼ばれる浮き型留具と対になる数組のループによって開閉する。
手袋をしたまま着脱出来るように工夫された。
また、風向きによって、前合せを左右入れ替えることも前提としている。
帽子の上から被れるように、フードは大きくなければならない。
丈は、英海軍のあらゆる制服の外側に着用出来るように設定されてある。
簡素な創りではあるが、洋上の寒風から身を守るための恐るべき合理性が秘められていると思う。
足す事も、引く事も、中々に難しい、無駄無く完成された構造だと言える。
それらの仕様要素を再考察して、慎重にモディファイしたのがこの Duffle Coat である。
原型モデルでは、裏地を使用せず一枚布で仕立てられているため、滑りが悪く着脱がしにくい。
そこで、キュプラ素材の裏地を付けて、着脱のストレスを解消する。
防風機能については、前立を比翼仕立にし、ファスナーを仕込む事で向上させる。
Duffle Coat が、知られるようになった一六〇〇年代後半には無かった部材だが、使わない手はない。
それでも、鹿角製の Toggle はそのままにいかされている。
やや細身であることを除けば、おおきく原型から姿を変えているようには見えない。
なのに、なにかが違っていて、どこか不可思議な印象を与える。
多分、その違和感の元は、このコートに縫目が無いことなんだろうと思う。
いや、正確にはあるけど見えない。
コート全体に Needle Felting の技術が施されていて、羊毛どうしが絡まることで縫目が見えない。
まるで、一枚の毛布を人のかたちに成型したようなコートである。
もともと、簡素な構造のDuffle Coat を、よりストイックに進化 させていて、色も黒一色。
Duffle Coat というよりは、中世欧州の僧衣みたいな風情を漂わせている。

08sircus、 森下公則流 Duffle Coat です。

カテゴリー:   パーマリンク