五百七十八話 藁焼の鰹

海辺と違って、北摂の本宅に居るとどうもすることがなくて困る。
仕様が無い ので、散歩という名の徘徊に出掛けることにした。
箕面国定公園の連なる山々を眺めながら歩くのは、それなりに気分が良い。
しばらく歩いて小学校の裏手にさしかかった時、空地に停まっていた車から立昇る煙を見た。
えっ!なに?燃えてる?
近寄ってみると、燃えてるんじゃなくて、燃やしているのだった。
大柄なおっさんが、トラックの前で、楽しげに何かを燃やしている。

停まっていた車はキッチンカーで、やっていたのは “ 藁焼 ” だ。
高知で、鰹の叩きとして知られる “ 藁焼 ” をこんなところで?
“ WARA ZANMAI ” と書かれたネイビー・ブルーのキッチンカーもなかなか小洒落ている。
接客しているおねえちゃんも可愛いけど、この火遊び親父の娘かなぁ?
おねえちゃんが、やって来た。
「 世界初の藁焼キッチンカーなんです」
「無茶苦茶旨そうなんだけど、これって、やっぱり鰹?」
「そうです!高知の鰹で、最高ですよ!」
「土佐の鰹だったら、大蒜 添えてポン酢で食うの?」
これには、キッチンカーの中にいたおにいちゃんが鰹を捌きながら応える。
けっこうな男前で、この息の合った仕事ぶりからして家族なのかもしれない。
「いえ、一度塩で食ってみてください!塩は、別にお付けいたしますんで、是非!」
「朝一の鰹には塩でが一番ですよ、うん、ほんと美味しい!」
おねえちゃんのダメ押しで決まり。
「じゃぁ、一冊もらうわ」
「ありがとうございます!本日は、売切れちゃったんですけど、白身の鯛もやってますんで」
「また、よろしくお願いいたします!」
黙々と焼いてるだけの火遊び親父も含めて、たいしたチームプレーだわ。
徘徊を切り上げ、帰って食ってみることにする。
本題からずれて申し訳ありませんが、盛った皿の絵付けは、僕の幼少時の筆によるものです。
赤肌焼の窯元で、名前が書けなかった僕に代わって、母親が名入れしてくれたのを憶えている。
幼い頃の溢れる才能と手並の果てが、この始末とは親も浮かばれない。
せめてこの皿だけはと、父が手元に遺していたのかも。
そんな残念な皿に鰹の叩きを盛って食う。
嫁が、新玉葱、大葉、青葱、大蒜を細かく刻んだ薬味を用意してくれた。
指定の塩を振り、薬味をのせた藁焼の鰹を口に運ぶ。
抜群に旨い、おねえちゃんの自慢を超えた旨さだ!
鰹そのものも新鮮で旨いが、これは藁と焼きの巧さ、加えて塩とその加減だろう。
藁に含まれる油分による高火力で、表面だけが焼かれ、身はレアという叩きの理想型。
なので、身と皮の間にある美味しい脂がしっかりと残っている。
藁で燻された香りで、鰹の臭みもまったくない。
一気に燃えて、一息で尽きるという藁の特性を最大限に生かした逸品だ。
あの火遊び親父、只者じゃねぇな。
土日に出没するという世界初のキッチンカー “ WARAZANMAI ” 。

コロナ禍で絞り出される商売人の知恵には、ほんとうに頭がさがる。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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