五百六十九話 仏風鴨鍋

東京出張の帰りには、品川駅で “ Table OGINO ” に寄って新幹線に乗るというのが決まりだった。
車内用と家用に、季節毎の Pâté や Terrine を買う。
仏版 Fast Food を愉しむ。
“ Table OGINO ” の Gibier 的な味わいは独特で毎日食っても飽きることはない。
特に、“ 鹿肉とさくらんぼと栗の Terrine ” は、ほんとうに旨い。
鹿肉特有の鉄臭さとアメリカン・チェリーのシロップ煮と栗の甘露煮の甘さが交わる。
最強の Terrine かもしれない。
そんな “ Table OGINO ” の鴨鍋を取寄せて家で愉しめるというネタを嫁が仕入れてきた。
Gibier の伝道師の異名を持つ仏料理人 荻野伸也が供する “ 仏風鴨しゃぶ鍋 ” だという。
直ぐに注文、翌々日には玄関先に鴨鍋が届く。
ウイルスは災いには違いないが、お陰で今までありえなかったモノが家に届くようになった。
ウイルスには感謝の一言もありはしないが、店屋のこうした努力には心から敬服する。
ほんとうにご苦労な事で、客にとっては、ありがたいことだと想う。
箱を開ければ、写真の花弁状に並べられた鴨肉と銀色の袋に入った出汁が入っているだけ。
な〜んの説明も講釈もなし、インスタ映えの欠片もありはしない。
良い!良いんじゃの!
この素っ気なさが、OGINO らしい。
鴨肉をしゃぶしゃぶして包んで食えるように、野菜を細かく揃えて切って盛る。

以外は、いたって普通の鍋物と何ら変わりない。
食ってみた。
「この出汁っていうか、スープっていうか、なんなんだろう?」
嫁も。
「わかんない、だいたいこれって何味なの?」
和風でもない、中華でもない、エスニック風でもない、仏風でもない。
なんか得体のしれないコク のある出汁だとしか言いようがないが、それほどの癖もなく食べ易い。
鴨肉を潜らせせると、程よく臭みと馴染んで旨い。
しかし、なんと言っても、この Magret de Canard に尽きる。
マグレ鴨は、フォワグラを取出した後の胸肉で、仏の伝統食材だ。
やはり、日本の合鴨では、野生臭が物足りずこうはいかない。
「ちょっと、あんた、いくら鴨好きだからって食べ過ぎじゃないの?」
「いや、これ、明日の朝まで食べられるわぁ!」
「 それに、もう Faire (肝臓)も Gras (脂肪)も取ってあるから幾ら食べても大丈夫だから」
「馬鹿じゃないの!立派に馬鹿だよねぇ!」
これって、巴里で店屋やったら繁盛間違いなしだわ。

出汁の調合さっぱりわかんないから無理だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カテゴリー:   パーマリンク