三百十四話 平成月餅合戦

一三〇〇年ほど時を遡った中国の唐代での噺。
中秋節の頃、
家族や日頃から仲の良い連中が集って、月を眺めながら菓子を喰うという習俗が生まれた。
菓子は、供物でもあり“ 月餅 ” と命名されたという。
ほんとかどうか知らないけど、大きな顔して、でかい声で喋る漢族の連中はそう言っている。
由来はさておき、この “ 月餅 ” は昔から僕の好物のひとつで、此処のは美味しいと訊けば必ず買う。
僕は喰うだけだが、嫁は意外にもこの中華菓子に詳しい。
さすがに家で作ろうとはならないが、数ある月餅のあれやこれやをよく知っている。
嫁は、とてもエライのだ。
その月餅研究家が、妙な事を言出した。
中秋節にしか喰えない月餅を二軒の名店で買求め、どちらが旨いか食べ比べしようというのだ。
両手に月餅を抱えた嫁に訊く。
「それ、これからふたりで喰うつもり?」
「そうだよ」
「下世話な話だけど、それで幾らくらいすんの?」
「意外と安いよ、五千円くらいかなぁ」
「月餅って一個千円近くもするもんなんだぁ、それで安い方なの?」
「まぁね、っていうか素人は黙っててもらえる?」
一軒は “ 華正楼 ” で、もう一軒は “ 翠香園 ” で、どちらも横浜を代表する中華菓子屋らしい。
まずは、華正楼 “ 仲秋伍仁月餅 ” 対 翠香園 “ 伍仁鹹肉 ” から。
“ 仲秋伍仁月餅 ” は、落花生・大豆・胡桃に乾燥果実が入っていて、馴染みのある味である。
あぁ、月餅だねといった感じで旨い。
対して、“ 伍仁鹹肉 ” は、五目木の実が入っているのだが、想定外の味が口に広がる。
塩辛いのだ。
ほんのり塩辛いというのではなく、がっつりした
塩味である。
塩餡の月餅なんてものがあるとは知らなかった。
知らずに喰うと、旨さよりも驚きが勝ってしまう。
なので、素人的には、華正楼 “ 仲秋伍仁月餅 ” に軍配を挙げる。
次戦は、華正楼 “ 椰蓉月餅 ” 対 翠香園 “ 雙黄蓮蓉 ”
華正楼 “ 椰蓉月餅 ” は、文字通り椰子の実餡で、南国の甘い香りと風味を味わえる。
そして、月餅の真打ち 翠香園 “ 雙黄蓮蓉 ” を試す。
ふたつに切ると、蓮の実餡の中に黄色い球が覗いている。
「さて、ここで質問です」
「この塩卵は、なんの卵でしょうか?」
「えっ、そりゃぁ鶏じゃねぇの?」
「あぁ〜、これだからねぇ、月餅素人は」
「鹹蛋って書いてあるでしょ、家鴨よ、家鴨の卵よ」
「マジですか? 読めないし、意味解んないし、知らない」
家鴨の卵を塩水に漬けたものを茹で、黄身を取出し餡に包んで仕込むのだそうである。
月に見立てた卵の黄身が、なんとも月見宴の風情にふさわしく、
“ 伍仁鹹肉 ” より塩味も控えめで、さっぱりとしていて美味しく、味に品がある。
月餅の王道をゆく風格が漂っている。
そして、この度の月餅合戦の結果です。
華正楼は、日本人の口に合わせた食べやすさが魅力で万人に向くので、贈答にも良いかもしれない。
翠香園は、行事菓子としての月餅本来の味を楽しみたいという通の方にはこちらだろう。
どちらが旨いとは言えない。
しかし、年に一度中秋節に食すとなれば、やっぱり翠香園 “ 雙黄蓮蓉 ” のような気がする。

それにしても、唐明皇帝は、こんなの喰って月を眺めてやがったのかぁ。

 

 

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