二百八十五話 ゴジラ

 

「世界が終わる、ゴジラが目覚める」
二〇一四年五月十六日が全米、少し遅れて七月二十五日が日本公開。
“ GODZILLA ” である。

おいおい、なんかメタボッてるって噂を耳にしたけど、大丈夫なんだろうなぁ?
十六年前のあの悪夢から未だ醒めずにいる。
心配で、不安で、ならないんだけど。
十六年前、一九九八年、一〇〇万ドルともいわれるギャラで米国映画に出演した。
“ゴジラ”
広辞苑に載っている唯一の日本怪獣で、昭和の文化遺産である。
メガホンを取ったのは、“ Independence Day ” を撮った Roland Emmerich 監督。
もう、この監督起用時点で間違っているとしか言いようが無い。
ハリウッド映画界に於いて、ゴジラを最も理解し、愛しているのは、Jan de Bont 監督だろう。
なのに、なんで Emmerich なんだ!
Emmerich 版 GODZILLA では、キャラクター・デザインを Patrick Tatopoulos が担当している。
この男の言草が、また癇に障る。
「 中途半端にアレンジを加えるとオリジナルに失礼だと考え、蜥蜴を元に全く新しいものにした」
それが、失礼なんだよ!なにが蜥蜴だぁ! ふざけるのもいい加減にしろ!
ハドソン川を御尻クネクネさせながら鰐みたく泳いだ挙句に、あろうことか産卵しやがる。
聞いてねぇぞぉ、ゴジラが卵を産むなんて!
見てはいけないものを見てしまったような、禁断映像の連続である。
ほんとに、悪夢だった。
唯一の救いは、エンディングに流れる Led Zeppelin の “ Kashmir ” くらいか。
Sean Combs と Jimmy Page 本人がカバーしている。
それを除けば、とにかく酷かった。
たかが怪獣に大人気無いと言われるだろうが、僕等世代にとってはゴジラは特別な存在なのだ。
特撮怪獣映画の金字塔であり、戦後の昭和を端的に象徴するアイコンでもあるとも思っている。
だから、僕の中では、昭和五九年製作の “ゴジラ” で完結している。
第十六作、ゴジラ誕生三十周年記念作品、これが最後のゴジラだ。
その後に撮られた平成のゴジラは、僕等のゴジラではない。
その本物のゴジラを手掛けたのは、特撮美術監督の巨匠 渡辺明 である。
円谷英二の片腕であり、ウルトラマンの構想段階にも加わっていた特撮の神様。
昭和四十二年、渡辺明自らが特撮美術監督を務めた怪獣映画が劇場公開される。
「大巨獣ガッパ」
公開当時、僕の父親は、その製作配給会社 “ 日活 ” に在籍していた。
その縁で、封切り日、父に連れられた劇場の喫茶室で、渡辺明監督とお会いする。
七歳のガキだったが、ゴジラを産んだ先生と聞かされ、倒れそうになるほど驚いたのを憶えている。
日曜、盆、正月も、家に居らず何をしてるのか知れない父を、この時ほど凄いと思ったことはない。
ゴジラとは、何者なのか?
本編冒頭、太平洋上で起こる貨物船の遭難沈没シーンで始まる。
昭和二十九年当時この映像を観た日本人の誰しもが、公開八ヵ月前に起きた事件を想起しただろう。
第五福竜丸事件。
ビキニ環礁での米軍水爆実験 “ Castle 作戦 ” に巻き込まれて、日本のマグロ漁船が被爆した。
半年後、無線長 久保山愛吉は、死亡する。
米国は、因果関係を認めず、一切の謝罪もなかった。
日本は、米国への責任を追及せず、黙った。
広島、長崎に続いて、日本人がまた被爆し、同じ相手に文句のひとつも言えない。
そんな時代だったと言えばそれまでかもしれないが、日本人は、皆やりきれない思いだったろう。
僕は、昔から、あの甲高いゴジラの鳴声が、どこか哀しげに聴こえてならない。
大国への配慮と高度経済成長を引替えに、日本人が失ってしまった大切なものへの鎮魂歌みたいな。
その鳴声は、ひとりの天才によって創られる。
クラッシック音楽界に於いて、日本を代表する作曲家で、世界的評価を得ていた伊福部昭だった。
伊福部昭もまた、放射線障害を抱えていたと聞く。
そして、ゴジラは、劇中、水爆実験により安住の地を追出され、姿を現したと設定されている。
度重なる被爆や、劇場公開の昭和二十九年から本格化する高度経済成長。
十年後には、東京オリンピック開催を控えていた。
ビルの高層化にともない、ゴジラも五〇メートルから八〇メートルへと身体を巨大化させていく。
そうして日本は、ゴジラと共に戦後の矛盾を総括せぬまま昭和という時代を歩んでいくことになる。
なので、ある昭和世代にとって、ゴジラは、特別でかけがいのない存在なのだ。
こういった事情や心情を解さず、ゴジラを “ GODZILLA ” にしようとしたって上手くいくわけがない。
僕は、そう思う。

まぁ、なんだかんだと屁理屈並べてるわりには、七月二十五日の予定は、一応空けてますけどね。

 

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