二百八十三話 高太郎が、大阪天満宮にやって来た。

渋谷の桜丘町に、気に入りの居酒屋がある。
屋号を “ 高太郎 ” という。
讃岐出身の亭主が供する酒と肴は絶品で、東京で和食となると、この店屋がまず思い浮かぶ。
なかなかの繁盛店なので、思い通りの時間に席が空くことは滅多にないけど。
春先に暖簾をくぐった際、亭主に言われた。
「䕃山さん、五月に大阪に行く事になったんですよ」
「へぇ〜、なんか用事でもあるの?」
「えぇ、酒蔵との協賛で、ちょっとしたイベントに参加することにしたんで」
「大阪の何処で? 」
「天満宮の境内なんですけど 」
「そりゃぁ、うちの店からだと目と鼻の近さだわ」
「じゃぁ、顔出してくださいよ」
という話を聞いて、すっかり忘れていて。
五月五日、土砂降りの雨が降る朝、嫁に言われて思い出した。
「うわぁ〜、高太郎、今日大阪でイベントやるって言ってなかったぁ?」
「こんな雨じゃ誰も来ないじゃん、東京の御店だから、大阪の人誰も知らないだろうし」
「 寂しいことになってたら可哀想だよ、ちょっと行ってあげればぁ」
「今日一日限りのイベントだしなぁ、行くかぁ!」
天神橋商店街を通って、日本一長い軒の連なりを中程で左に折れると、寄席の繁昌亭が在って。
その先が、大阪天満宮の境内である。
寄席の前辺りで、嫁の予想が外れていると気づく。

境内は、初詣並みの人出で溢れている。
「なんだぁこれ?  酒飲みの執念は凄ぇなぁ」
“ 上方日本酒ワールド二〇一四 ” は、五回目の開催らしいが、こんな人気イベントだとは意外だった。
日本酒に造詣が深い料理屋と蔵元が組んだ “ 日本酒屋台祭 ” みたいな体裁である。
看板の一皿を料理屋が、専用グラス一杯の銘酒を蔵元が、屋台一軒づつ一組となって競う。
北は岩手の川村酒造店「酉与右衛門」から、南は福岡の社の蔵酒造「杜の蔵」まで。
二十軒ほどの蔵元が集う。
そして、蔵元と同数の料理屋が、全国から参戦している。
その一番手を飾るのが、我が “ 高太郎 ” と 能勢の秋鹿酒造「秋鹿」組だ。
高太郎名物の肉汁滴る讃岐メンチカツと、酸味の効いた槽搾直汲の山田錦純米吟醸「秋鹿」。
雨に打たれながらの立喰い立飲みでも、やっぱり鉄板の味に変わりはない。
折角の機会なので、亭主の高太郎にどら焼きを差入れて、次の屋台へと。
一番南からは、福岡。
“ かんすけ ” の一皿は、酒粕に漬けた熟成豚の鉄板焼きを、糸島ミツル醤油の特製ポン酢で。
酒は、粕の提供もしている同じく福岡が誇る全量純米「杜の蔵」の独楽蔵玄。
あっさりと仕立られた豚肉と、癖のないまろやかで落着いた純米酒がよく合っている。
なかなか、よかとです。
さらに、地元大阪も。
豊崎に在る  “ 沁ゆうき ” の海鮮じゃがクリームコロッケと、北陸石川の宗玄酒造 「宗玄」。
切りがないので、こっから先は、やめておく。
まぁ、公式ガイドブックにも、飲み過ぎには各自でご注意下さいって、書かれてあるしね。
しかし、間違いなく、二十軒全てを制覇する輩も大勢いるんだろうと思う。
途中、高太郎で、いつも酒を講釈してくれるソムリエ君に逢った。
「䕃山さん、帰りがけにまた寄ってくださいよ」
「いや、悪いけど、ちょっと無理だな」
「俺、今日休みじゃなくて、仕事の途中なんだよ」
「えぇ〜、マジっすかぁ? 良いんですか?」

「良いわけねぇじゃん!」

 

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