六百四十九話 梅雨時の一席

それにしても蒸し暑い!
そんなじめついた梅雨空の下、大阪に落語を聴きにいく。
木戸銭叩いての落語なんて久しぶりだ。
“ 春風亭一之輔のドッサリまわるぜ!二〇二四 ” の大阪公演。
前座は、二番弟子の与いちで “ 磯の鮑 ”
その後、一之輔師匠の “ 反対俥 ” “ 千両みかん ” と二題続いて仲入り。
この頃には、冷房と師匠の軽妙な話芸ですっかり汗もひき、良い心地で本日最後の演目へ。
大抵の寄席では、演目が前もって明かされることはない。
そのお題を噺家が本題に入る前に自分の中で言い当てるのも落語の楽しみのひとつだと思うのだが。
これが、なかなかに難しい。
師匠が、枕を振る。
米国大統領 Joe Biden が酷い老いぼれぶりで、世界はこの先どうなるのか?という時事ネタで誘う。
そして、外は梅雨時で雨。
雨のなか老いた隠居が登場する人情噺? “ 道灌 ” ? “ 天災 ” ?
いまひとつわからんなぁ。
いよいよ本題に。
大店のご隠居ふたりが、縁側で碁を打つところから噺は始まる。
隠居?雨?そして碁?
あぁ、“ 笠碁 ” かぁ。
もともと大阪天満の青物市場を舞台として創られた “ 千両みかん ” に続いて、上方生まれの “ 笠碁 ”。
場、天候、時事に客層 などあらゆる気配をよんで高座にかけるネタをその場で決める。
噺家の懐に仕込んだネタ数と場を読む感性が問われる瞬間なのだと思う。
滑稽噺から人情噺まで二〇〇を超えるネタを持ち、その噺を重くも軽くも演じわけられる噺家。
いま最も札が取りにくい当代随一の噺家と言われる春風亭一之輔とは、そういう噺家らしい。
先日、古典落語に通じた友人との会話で、 春風亭一之輔を聴きに行くと相手に伝えた。
「いいねぇ、一之輔の魅力は毒で、吐いた後のあの微笑みが格別だよ」
「二一人抜きの真打昇進は伊達じゃなく、まったくもって図太い噺家だわ」
米国大統領の老害に触れ、その流れから落語界の重鎮だった師匠連中の名を口にする。
柳家小さん師匠の名も。
「歳を重ねると味がでてくるって言うんだけど、落語の味って、なんなんですかねぇ?」
ニタっと笑って顔を上げる。
そして、その人間国宝小さん師匠の十八番だった “ 笠碁 ” へと繋いでいく。
上方の箱でとはいえよくやるもんだ。
しかし、笑いに嫌味も粘り気もない。
スッとした高座姿とキレの良い口跡で、どこか涼やかで乾いた空気が漂う。
不思議な魅せ方をする噺家だ。
いよいよ咄は、サゲへと向かう。

碁盤の上に雨雫が垂れ落ちる。
「あっ!お前さん、笠を被ったままじゃねえか」

梅雨時の一席、お見事でございました。

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