七十四話 Arts and Crafts

“ファッション屋”なんていう薄っぺらな稼業を三十年以上も続けてきたが。
この歳になると自分の仕事に意義の欠片でもあればと思うことがある。
ちっちゃな悩みなんだけど。
そこで古い話をさせていただく。
産業革命の恩恵を一身に享受していたヴィクトリア朝時代の英国。
工業は、大英帝国に莫大な繁栄の富をもたらした。
しかし一方で、大量生産による安価なだけの無個性な粗悪品が世に溢れることになる。
街の姿はどこも同じようになり、人々の生活から潤いが失せた。
なんか日本と似てませんか?
そんな十九世紀の英国。
詩人でありデザイナーであったひとりのマルクス主義者が警鐘を鳴らす。
William Morris、⎡モダン・デザインの父⎦は後世に残る社会運動を興し広める。
“ ARTS AND CRAFTS ”
中世の手仕事を見直し、生活と芸術の融合を試行すべきだと説く。
モリス商会は、生活に係わる身の周りの用品にデザインを取入れ商品化していく。
少し遅れて日本にも同じような人物が登場する。
柳宗悦。
一九二九年、英コッツウォルズのケルムスコット村を訪れる。
かつてモリスの活動拠点であった。
帰国後、柳は民藝運動を展開する。
日用品の中に美を求める⎡用の美⎦が運動の趣旨である。
柳は、トルストイの近代芸術批判から出発しているので日本独自の運動であると言える。
だが、広義において⎡ARTS AND CRAFT ⎦と⎡ 民藝運動 ⎦は近い。
市井の職人が創る用品にこそ⎡美⎦は存在し、権威主義的な芸術よりも価値が高い。
権威主義的云々は思想家としての宗悦ならではあるが、前半はモリスと同じである。
そして宗悦の運動は、柳宗理によって具現化される。
息子宗理は、日本のプロダクト・デザイナーの先駆者となった。
天童木工が製作した⎡バタフライ・スツール⎦を始め数々の名品を産む。
そして今、僕の周りに眼を配ってみる。
革職人、靴職人、彫金師、仕立職人達が、後継者に恵まれず次々と姿を消していく。
無個性な量産品ばかりが市場で幅を利かす。
情緒もなけりゃ、品もない。
ただ安価なだけ。
柳宗悦のプロレタリアート的な思想は別にして、⎡用の美⎦という考えには共感できる。
僕も、店の片隅で些細な挑戦を試みようかと思う。
手練の職人達と共に。
ちまちましたもんじゃなくて、がっつりと迫力のある逸品に挑みたい。
こんな時だからこそ。
職人は、のびのびとやりたい放題、鍛えた腕を振るえば良い。
不肖の身ですが、Musée du Dragon で引受けますよ。

さぁ、まずは、自分の手で飾り棚でも作るとこから始めようかな。

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