六百二十一話 午餐菜單

海辺の家から東へ一駅、同じ区内の徒歩圏内に在る塩屋町。
細い路地が絡み、崖の所々に旧い洋館がへばりつくように建っている。
今尚居留地が残り、そのせいか英国人、獨逸人、華人なども多く暮らすちいさな海辺の街だ。
嫁が仕入れてきた街の噂によると、駅近くの路地裏で商いを始めた二軒の店屋がかなり人気らしい。
一軒が、英国人の旦那と日本人の嫁が始めた Baked Goods Shop 。
もう一軒が、日本人の旦那と台湾人の嫁が始めた臺灣料理屋。
まずは、臺灣料理へ。
食事の予約は月一回で、数分で1ヶ月先の予約が埋まるらしいので とりあえず喫茶利用で。
路地裏からさらに奥まって建つ大正時代築の民家がその店屋。

屋号は、“ RYU Cafe ” 。
劉 晏伶さんが出迎えてくれる、ご主人は調理を担っていて厨房に。
凍頂烏龍茶と臺灣式 Nougat みたいな雪花餅を味わいながら晏伶さんに訊く。
台湾で学んだという日本語は、素晴らしく堪能で疏通になんの支障もない。
「こちらで食事したいんだけど、大変な人気で予約が難しいらしいね」
「店がちっちゃいのもあるけど、ありがたいことです」
「だけど、来週の木曜日午前十一時ならキャンセルがでたので大丈夫ですよ」
「ほんとに!近所だからその日に来させてもらうわ」
で、再び “ RYU Cafe ” に。

「塩屋産海苔粥と花雕雛麺の二種類からお選びいただけますが、どちらになさいます?」
「えっ?海苔粥は分かるけど、もうひとつのファデァウジーメェンってなに?」
鶏を花雕酒、生姜、特製香料で煮込んだ出汁に麺を合わせたものらしい。
「じゃあ 、その花雕雛麺で」

小鉢には皮蛋、南瓜と豚の蒸籠蒸しが添えられている。
花雕雛麺の出汁を一口運んで嫁と顔を見合わせた。
「なに?これ?」
枸杞の実、棗、生姜、紹興酒の一種である花雕酒の香りと味が見事に均一化されている。
なにかが勝ることなく、ひとつにまとまり手羽先の臭みを消す。
品良く細麺に絡み、 さらっと喉を過ぎる。
皮蛋、南瓜と豚の蒸篭蒸しも副菜の域を超えた旨さだ。
素人の僕らは、台湾食というと屋台風の味を思い浮かべてしまうが、この皿はそうじゃない。
厨房のご主人は、台湾の高級飯店で腕を振るわれていたのだそうだ。
なるほど、納得のいくはなしだと思う。
晏伶さんに。
「いやぁ〜、お見事だわぁ!ごちそうさまでした!」
「口に合ってよかったぁ〜、ありがとうございます」
「で、来月の予約入れとこうかな」
「え〜っと、三月は、三一日の十一時だけしか空いてないんですけど」
「凄ぇなぁ、でも合わせるしかないよね、それでお願いします」
異国の地で、幼い子供を育てながら、野菜をつくり、我が名を掲げた飯屋を営む劉 晏伶さん。
この笑顔、この聡明さ、この生真面目さ、そして、ご主人が供するこの皿。
きっとこれから成功して、望むものをひとつひとつ手に入れていくんだろうなぁ。
たいしたものだと想う。

さて、英国人の旦那と日本人の嫁が始めた Baked Goods Shop にでも寄って帰るか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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