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カテゴリー別アーカイブ: 庭
四百六十話 百日紅
海辺の家に、また夏が来て。 仏間の縁側から眺めると百日紅が咲いている。 背丈は、軒を超えて見上げるほどになった。 暑い盛り、他に咲く花はない。 庭には、この百日紅の花だけが揺れている。 そういえば、「百日紅」と題した漫画があったよなぁ。 一九八〇年代中頃、杉浦日向子先生が四年間ほど連載されていた。 奇才の絵師葛飾北斎の娘が主人公で、名はお栄という。 娘自身もまた凄腕絵師だったという設定から、Miss HOKUSAI と題されている。 が、お栄は、物語上の人物ではなく実在の人物で実際の絵師でもある。 北斎は、二人の息子と三人の娘に恵まれた。 お栄は、たしか末娘で画号は葛飾応為だったと思う。 美人画、枕絵の名手として近世日本美術史に名を残すほどの腕前だったらしい。 オムニバス的に物語は進行するが、全編を通じて江戸風俗を細い描写で描く。 さすがに時代考証家としても知られる杉浦作品だけあって、江戸情緒が満喫できる傑作だろう。 昨年、その「百日紅」が原恵一監督の手で長編アニメーションとして映画化された。 浮世絵の数々が登場するこの作品を大画面で展開しようなんて。 心意気は分からなくはないが、さすがに無理じゃないかなぁ。 本作で浮世絵を鑑賞しようとは誰も考えないだろうが、それにしてもである。 とにかく観てみた。 C Gと手描きの溝は否めないが、そこには江戸庶民の暮らしぶりがしっかりと映像化されている。 往来賑やかな昼、蝋燭の灯りが揺れる夜、雪積もる椿の冬、茹だるよな江戸の夏に咲く百日紅など。 それは、杉浦日向子の偽りのない江戸世界そのものである。 映画「百日紅」は、海外での評価が高い作品だときく。 無理に無理を重ねて西洋化を図った手前の時代。 世界に類を見ない大衆文化が日本には存在していた。 そして、浮世絵は、その特異にして奥深い情緒の証を生々と今に伝えている。 しかし、世界が憧れる江戸の姿は、東京にはもうない。 そういった意味では。 映画「百日紅」は、現代の動く浮世絵と評しても良いかもしれない。 花木の百日紅は、一〇〇日の間紅色に染まるところからそう名付けられたのだそうだ。 夏の終りまで庭に色を添えてくれる。 どこにでも咲く珍しくもない花木だが、ちょっとした江戸の粋を感じさせなくもない。
Category : 庭
四百五十五話 DARE T0 BE WILD
生まれて初めて、Ireland の映画を観た。 Dare to be wild 原題をそのまま訳せば「敢えて野生となれ」だろうか? 解り難いと考えたのか、日本では Flower Show という題名で配給されている。 現在公開中だが、一般的にはあまり知られていないマイナー・フィルムの類だと思う。 大阪公開楽日の前日、劇場の入りは二割程度で少し残念な始末だったが。 観終わった今、この映画を観逃さなくてほんとうに良かったと思っている。 若きアイルランド女性園芸家の実話を基に映像化された作品で。 主人公でもある園芸家は Mary Reynolds 女史。 物語は、無名の彼女が世界で最も偉大な Landscape Designer のひとりとなるまでを描いている。 英国王立園芸協会が主催する Chelsea Flower Show は、世界最古にして最高の権威を誇る。 その権威は、Chelsea Flower Show の行方如何によって世界中の園芸の方向性が決するほどに高い。 アイルランドの田舎町出身の Mary Reynolds は、その Show に金無し人脈無しで挑む。 彼女が目指した世界一美しい庭とは? 山査子の古木数本と野草のみが石積みの空間に咲く庭。 故郷 … 続きを読む
Category : 庭
四百五十一話 日陰の庭?
Paul Smither という庭師がいて。 この景色は、彼の手による。 英国Berkshireに生まれた庭師は、倫敦郊外のWisley Gardenや米国Longwood Gardensで園芸を学び。 一九九七年、有限会社Garden Roomsを設立し、庭の設計施工を日本国内において手がけている。 園芸業界では、かなり名の知れた庭師だ。 Paul Smither氏の作庭に興味を抱くようになってから、もうずいぶんになる。 本が出版される度に買込み、真似られることは真似てみたりもした。 真似始めて一〇年ほど経った庭を眺めると、なんとなく様になりつつあるような気もする。 義母から託された海辺の家の庭は、ちょっと変わっている。 深く窪んだ下段の庭、狭く細長い中段の庭、テラス状に平たい上段の庭という具合で。 おおよそ三段に積まれたような地形をそのままに庭だと言い張ってきた。 なんとなく様になりつつあるというのは上段の庭で、中段や下段には未だ手をつけていない。 ちょっと時間的余裕もできたので、いよいよ下段の庭も整えようかと考えている。 斜面も勘定すると四〇坪ほどの下段の庭は、あまり作庭に適した環境ではない。 三分の二程度が濃い日陰となっていて、薄暗い。 樹齢一〇〇年を超える下段の山桃や、家全体を覆うまでに育った中段の桜の仕業だろう。 もはや木陰などという洒落たものではない。 何者か?よからぬ生物が出てきそうな雰囲気ですらある。 日陰の庭? 家のどこかにあったはずの一冊が頭に浮かぶ。 「日陰でよかった」 表題そのままに、日陰に於ける庭造りを指南した内容となっている。 著者は、Paul Smitherだ。 淡い日陰から濃い日陰まで、段階別に植生を紹介し、土壌の改良法から設計までが記されていて。 まことに心強い。 師曰く。 日陰こそが、庭を素晴らしくするのだ。 マァ〜ジですかぁ? その言葉を糧に、ひとつ Shade Garden なる日陰の庭に挑んでみようかぁ! … 続きを読む
Category : 庭
四百四十八話 永遠に訪れない明日
海辺の家で、暇にしている。 そこで、若いのを呼び、藤棚の下で茶会でも催してみようかと思う。 だが、茶道具はことごとく始末したので、茶道に倣った会は無理だ。 そもそも、面白くもない。 じゃぁ、英国流に Tea Party なんかを気取ってみるのはどうだろう? 思いついたのが。 ” A Mad Tea-Party ” 狂ったお茶会? ご存知の方も多いだろうが、敢えてちょっと語らせていただく。 一八六五年、英国の変態数学者が不思議な妄想文学を発表した。 ” Lewis Carrol ” 作家としてそう名のった数学者は、この物語の出版によって爆発的な成功を収めることになる。 ” Alice’s Adventures in Wanderland ” 邦題 「不思議の国のアリス」で、「鏡の国のアリス」へと続く一連の作品である。 「狂ったお茶会」は、作品内の一章に時間が止まったまま終わらないお茶会として描かれている。 また物語には、奇妙な料理が数多く登場する。 この奇妙な料理を真剣に研究し一冊の料理解説本としてし世に出したおとこがいるらしい。 表題は ” Alice’s Cook Book ” 著者は … 続きを読む
Category : 庭
四百四十話 The House
今年も海辺の家に桜が咲く。 年々、枝を広げて今では家を覆うまでになった姥桜。 一八の頃出逢って、この姥桜の艶姿を眺めるのもこれで三八年目かぁ。 手間のかかる婆婆だが、こうして見上げるとなかなかに贅沢な気分になる。 そして、桜は、鳥を呼び、ひとも呼ぶ。 桜に誘われて、この古家を訪れてくれたひと達は。 飯を喰い、酒を飲み、寝て、起きて、また桜を眺める。 まぁ、たいして眺めていない者もいるが、それはそれで良い。 賑やかに楽しめればそれで良い。 今日で宴も四日目だが。 なかには、二〇代のおとこも二人ほどいて朝から晩までごろごろしている。 親子ほど歳の離れたのが、なんの気兼ねもなく過ごしているのも不思議な景色だ。 おっさんとおばちゃんが棲む古家のなにを気に入っているのだろう? 訊くと、なんとなくこの古家が良いのだそうだ。 家にも性というものがあって、ひとに愛される家というものは確かにあるのだと思う。 また、どんなに豪邸であっても、その逆であっても、居心地の良くない家というのもある。 このなんの贅も尽くしていないただの古家のなにが良いのか? 僕自身にもよくわからない。 よくわからないが、ここに居ると妙に穏やかな心持ちになれる。 まだこの古家が、こんなに古家でなかった一〇代の時分からそれは変わらない。 二年前、夫婦で話合ってこの古家を残そうと決めたのもそういった理由からだった。 ただ、残すのは残すにしても。 さすがに震災で傷ついた上にここまで古い家では、修繕改築は免れないだろう。 新しく建てなおすのは造作もないのだが、それで家が宿した空気感が失われては元も子もない。 そう考えてると、再建の踏ん切りがなかなかつかない。 嫁の要望は簡潔だ。 「この感じのままで、丈夫な家にして頂戴」 「ぴかぴかで、白々しいのは絶対嫌!」 「あんた、そういうの得意じゃん」 だから、それが難しいんだろうがよぉ!
Category : 庭
四百四話 御庭番
一七世紀頃、御庭番衆と呼ばれる者達がいたらしい。 江戸城本丸の庭を番するという名目で、市中の情報収集や雑事を引受けていた。 間者とか忍者とかと後世に伝えられているが、そこまでの裏組織ではなく。 意外と陽の当たる職で、職位も高かったようである。 その江戸城から比べると蟻の巣にも満たないこの海辺の家なのだが。 御庭番らしき者が出入りしている。 八◯歳を超える老庭師で、若い衆を連れて季節毎にやって来る。 家人が留守だと勝手に入って仕事を済ませ戸締りをして帰ることもある。 庭師だからといって庭仕事だけを担っているわけではない。 屋根の修理、扉の不具合、配管の詰まりから空調器の故障まで。 義母は、内も外も家に関わるすべてを頼って暮らしていた。 夜中の頼み事にも朝を待たずに駆けつけてくれたと聞く。 そうした関わりは、歳月にして六◯年を超える。 だから、義母が逝ったと伝えた時の落胆ぶりにはかける言葉さえなかった。 先日、海辺の家に帰ると勝手口の前で老庭師が胡座をかいている。 弟子の剪定具合を眺めているみたいなので声をかけた。 「久しぶり」 小さく頷いただけで返事はない。 相変わらず愛想の欠片も持合せていない爺さんである。 「相談したいことがあったからちょうど良かった」 「なに?」 「この家を解体して昔のままに再建築したいんだけど」 「えっ?」 「だから、当時の部材を当時のやり方で組み直したいわけよ」 「漆喰壁から柱まで徹底的に修繕して、庭もそのままに残す」 「床材やら天板など追加する建材は今から集めるけど、要は大工職人を集められるかどうか?」 「ほんまに?ほんなら、この家を残すのんか? 」 「かえでちゃんも、戻ってくるんか?」 庭師は、嫁のことを今でもかえでちゃんと呼ぶ。 「まぁ、そうなるだろうけど 」 「そんなもん出来るに決まってるやん!一緒にやったらえぇ!ずっとそなしてやってきたんや!」 それから一時間、勝手口の前で老庭師の講釈を聞く羽目になる。 あそこの工務店は代が変わったけど、昔ながらの工法で腕は落ちていないとか。 左官仕事は積むならあいつで、塗るなら別の奴が良いとか。 自分になら出来るけど、石積みは今では難しくもうこの辺りにはふたりしか職人はいないとか。 気難しく無口だという評判 からほど遠い始末だ。 ただ恐ろしく事情に通じていて。 … 続きを読む
Category : 庭
三百九十二話 ひぐらしの鳴く宵に
台風が去った七月の暑い日に。 通りすがりの店屋で風鈴なるものを見つけた。 軒を見上げると、鉄や陶器や硝子などいろんな風鈴が吊るされていて。 それらが一斉にチリチリと奏でるものだから、どれがどんな音色なのかさっぱり分からない。 いちいち耳を寄せて聞くのも面倒なので、昔懐かしい吹き硝子の風鈴を指差す。 “ ビードロ風鈴 ” とか呼ばれていたような憶えがある。 「すいません、これ売りもんじゃないんですよ」 「はぁ?なんで?」 「それが、古い売残りの品なんで納める箱もなくて 」 「べつに箱が鳴るわけじゃないんだし、なんかで包んでくれりゃぁそれで構わないよ」 新聞紙に包まれた風鈴をぶらさげて海辺の家へ。 晩のうちに縁側の天井から吊るす。 翌日は、早朝から台風の始末に追われていた。 大雨で膨らんだ雨戸を乾かし、窓という窓を開け放って部屋に溜まった湿気を抜く。 そうしてる間に散らかり放題の庭を元に戻さなければならない。 昼飯を掻き込む暇もなく立ち働いて、気がつけば日暮れ時。 途中、昨晩吊るした風鈴のことなどすっかり忘れていた。 風がまったく止んでいたわけではないので多分鳴りはしていたのだろう。 ただ、気づかなかっただけだ。 風呂で汗を流し、阿波しじら織りの甚平に着替えて縁側で一息つく。 ぼんやりと涼んでいると。 ひぐらしの声が遠くに聴こえる。 宵風が頬を撫でて過ぎ。 その微かな風に誘われて風鈴が揺れて鳴く。 ひぐらしの「カナカナカナカナ 」風鈴の「チリチリチリチリ」物悲しくもあり懐かしくもある。 夕暮れに降った小雨は、庭の緑をさらに濃く深く染め。 紫陽花の葉から雫が濡らして落ちる。 坂を下った先にある海はようやく荒れがおさまり静かで、ほんのりとした蜜柑色に染まっていく。 悪くない風情だ。 旅先での大仰な情緒ではない、普段の暮らしの内にあるあたりまえの情緒がここにある。 他人に自慢するほどの贅沢でもないが、見過ごしてしまうにはちょっと惜しい。 夏には暑いと嘆き、冬には寒いと愚痴ってばかりではつまらない。 これまでのバタバタとした貧乏臭い暮らし振りも考えものである。 ひぐらしは、過ぎゆく夏を惜しんで晩夏に鳴くものだとずっと思っていた。 だけどこうして聴いているのだから、存外早くに初夏から鳴く蝉らしい。 … 続きを読む
Category : 庭
三百七十話 零れ桜
“ 零れ桜 ” 海辺の家に咲く桜です。 姥の一本桜で、咲いては散り、散っては咲きを半世紀に渡って繰り返してきました。 庭では、齢一◯◯年を超える山桃に次ぐ年寄りなのだが。 その艶姿は、こうして健在である。 喪中であった昨年は、嫁とふたりで寂しく団子を食って眺めただけだった。 それだけに、喪が明けたこの春には花筵を敷いて縁のあるひと達を呼びたい。 そう想っていた。 そう想ってはいたけれど、夫婦で仕事を抱えている身でたいしたもてなしができるわけもなく。 BBQ とチーズ・フォンデューで我慢してもらうことにする。 親戚や友人がやって来てくれた。 遠方からだったり、勤めを昼から切り上げてだったり、無理の利かない年齢だったり。 儘ならない事情をやりくりしなければならないひともいる。 それでも。 二◯歳から八五歳までのひとが集い昼酒を飲み肉を喰ってそれぞれが気儘に楽しんでいる。 肝心の桜を見上げているひとは少なかったけど。 まぁ、花見の宴なんていうものはそんな感じで良いのだろう。 家主が壮健だった頃、この家には大勢のひとが訪れ賑わった。 そんなひと頃に戻ったように、ボロ屋も華やいでいる。 この古屋には、ひとが羨むようなものはなにもない。 そこがまた良いのだと思う。 こんな桜があるじゃないか!と言うひともいるかもしれないが。 この姥桜の世話を一年でも焼けば、大抵の者は根を上げるに違いない。 此処は、気兼ねなく訪れて、気兼ねなく過ごせて、それが当たり前だと思わせる家である。 昔、ひとかどの方が、廊下で呑んだくれていたくらいだから。 ひとも家も出来ればそんな風でありたいと思っている。 この歳になると、他人に同情されるのも、逆に羨まれたりするのも面倒だ。 くだらない見栄も若い頃なら張り甲斐もあるが、歳を喰えば切なくなる。 気さえ合えば、誰とでも構えることなく隔たりなく付き合いたい。 義理の父母もそんな想いで、この古屋を遺してくれたんだろう。 だから継ぐ者は、この家が纏う開け放たれた気風を閉ざしてはならないのだと思っている。 この零れゆく桜も、婆になっても頑張ってくれているのだから。 帰りがけに言ったひとがいる。 「 次は、藤が咲く頃にまた来るわぁ」 マジかぁ? 待ってます。
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三百三十話 Fuckin Dead Leaves!
十二月一日の月曜日、海辺の家に居た。 この一年の間、月曜日はだいたい此処で過ごしている。 朝早くに起きて、先に庭へと出た嫁がニヤニヤしていて。 「おはよう、そしてご愁傷様でございます」 「えっ? なんかあった?」 「庭がね、枯葉でね、埋まっててね、そんでもってね、雨が降ってね、濡れてますの」 「本日は、あまりご無理なさいませんようにって言ってあげたいけど、こりゃぁ大変だわ」 恐る恐る庭に出てみた。 Jesus Christ ! Fuckin dead leaves ! 庭には、桜、梅、藤、楓、紫陽花といった連中がいて。 どれも古くて、どれも大きくて、落とす枯葉の量も半端ない。 毎年の例で言うと、リッター換算で九〇〇ℓから一〇〇〇ℓ位の量となる。 大型の塵袋に、パンパンになるまで詰込んで十二袋以上収集しなくてはならない計算だ。 それでも庭の一部で、全体をくまなくやればその倍はあるだろう。 そして、濡れた枯葉ほど始末に悪いものはない。 電動バキュームどころか、場所によっては熊手すら、濡れてへばりついた枯葉には役に立たない。 道具は、自分の手だけとなる。 乾くまで放っておけば良さそうなものだが、週に一度となるとそうもいかない。 一週間このままで置くと、溝という溝は詰まり排水不全に陥る。 また風でも吹けば、ご近所に迷惑の種を撒き散らすことにもなってしまう。 なので、今日やるしかない。 俯いて、集めては袋へという作業を黙々と繰返す。 これは、もはや作業というより修行に近い。 そうしていると、頭の上にハラハラと何かが落ちてくる。 枯葉だ、紅く染まった桜の落葉だ。 嫌な予感がして上を見上げる。 桜の枝には、もういくらも葉は残っていない。 いったい何処から? Oh My God !!!!! 庭には、松や、柘や、ヒマラヤ杉や、山桃といった葉を落とさない良い子の常緑樹達もいる。 … 続きを読む
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三百五話 TYPHOON !!
八月四日に施餓鬼会、八月七日に初盆法要と一五日まで続いていく。 遠くから御参りに来てくれるひともいる。 せっかくなので泊まってもらって、ゆっくり飯でも食いながら話もしたい。 そのために古館の片付けを急いだようなもんだから。 まぁ、楽しいんだけど、仕事も休むわけにはいかないので、きついっちゃぁきつい。 そんな盆中日の一〇日、翌日の月曜日は、店も定休日。 この日は、御参りに来るひともなく、ちょっとゆっくり過ごせそうだと思っていた。 ところがぁ、まさかの TYHOON !! 強い台風十一号が、四国から瀬戸内海を渡って姫路辺りに再上陸するという。 姫路って、海辺の家と目と鼻の近さじゃん。 この地で生まれ育って、台風慣れした嫁に大丈夫か?と訊いても。 「 ぜ〜んぜん大丈夫、まったくもって OK ! 」 「いつも思うんだけど、あんたのその根拠のない自信って、どっから湧いてくるの?」 真に受けると碌なことがないので、車庫の木製扉をロープで縛る。 そして、水が流れて来そうな場所に煉瓦と土嚢を積み、庭の植木鉢を非難させ出勤した。 昼頃。 「窓から見える明石大橋がこんなことになってますけど、それでも大丈夫なんでしょうか? 」 「嘘ォ〜、マジでぇ〜、全然駄目じゃん 」 「でもウチは大丈夫、奴らを飼ってるから、いつだってちゃ〜んと守ってくれるんだから」 奴らとは、古館が建つずっとずっと昔から居る山桃の大木と姥桜のことである。 仕事を終えて晩方海辺の家に戻る。 屋内は、雨漏りも浸水もなく、水を含んだ雨戸が開きにくくなっている程度で大した不具合もない。 が、一夜明けて、朝庭に出てみると。 風で千切れた枝が庭中に散らばって、 ハーブは根っこから倒され、排水溝に落葉が詰まり水溜まりになっていて、もう、滅茶滅茶。 元通りにするには、今日一日費やさなければならないかも。 実際、朝七時頃から始めて、終えたのは晩の八時過ぎだった。 そんなでも、山桃と姥桜の大木は堂々と立っていて、海側から家を守るように覆っている。 嫁の言っていたことは真実なのかもしれない。 度々の台風や、地震から、齡六〇歳を越えたこの古館を庇護してきたのだろう。 お隣さんや電気屋のオヤジが、様子を見にやって来てくれた。 「どう? … 続きを読む
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