五百八十七話 Chocolate Tailor

“ 海辺の家 ” のほど近くから北東に、神戸市街地を山塊が跨ぐ。
その山系の最高峰が六甲山である。
昭和の時代、この山は避暑地だった。
関西 Modernism の香り漂う洋館が点在する山上街でひと夏を過ごす。
西洋的でもあり、田舎臭くもあり、気取りのない神戸独特の別荘文化が育まれていた。
その面影もすでに消えつつあるが、幼少の頃から学生時代を通じて、何かと馴染みのある場所だ。
その玄関口が、麓にある阪急電鉄神戸線の六甲駅である。
駅近くの店屋に用があって、何十年ぶりかでやってきた。
駅舎前の垢抜けない雰囲気は、記憶にあるそれと変わりない。
とりあえず目当ての店屋を探す。

Chocolate を仕立てるという店屋が、六甲にあるらしい。
Chocolate Tailor というその謳い文句に惹かれ、何かの機会に一度と思っていた。
屋号は、“ QUEEN’S JET ”。
外観からして倫敦 Savile Row の仕立屋然とした構えで、迎えてくれる。
コロナ禍の二〇二〇年十一月二七日、この地に開業した。
緊急事態宣言中の休業を経て、この日久しぶりに店を開けたという。
正面の木製棚に、同じ形状の Chocolate Cake が、一四種類整然と並ぶ。
背面には、磨き上げられた工房が覗いている。
ここはひとつ、最近お世話になった方達への御礼の品も含めて、全てを此処で注文させてもらおう。
配送の依頼を済ませて、帰宅後早速食ってみる。

まずは、“ Opéra ” を皿にのせる。
巴里の名菓子店 “ Dalloyau ” が、Opéra 座の踊り子へ敬意を込めて考案した逸品だ。
巴里に出向くと必ず口にする CoffeeとChocolate を組み合わせ層になった世界的に有名な Cake 。
だが、“ QUEEN’S JET ” の “ Opéra ” は、その新解釈版で、ちょっと趣が違う。
薄くパリッとした Chocolate の殻に覆われていて、割ると内部は三層構造になっている。
一層目は、Grand Marnier 風味の苦い Coffee Sauce 。
二層目は、濃厚な Chocolate Cream 。
三層目は、Sweet Chocolate を使った Ganache 。
殻を割ると流れ出す Coffee Sauce 、これを Chocolate Creamに絡めながら食べる。
複雑な構造の割に相性良く一体化していて、食感こそ柔らかいが 、味は確かに “ Opéra ” だ。
はっきり言って、これは人を駄目にする食い物だろう。
Chocolate Tailor “ QUEEN’S JET ”
この時期、この店構え、この場所、この業態、すべてに於いて本気だ。

不自由なご時世に、忘れかけていた店屋の矜持を思い起こさせてもらった。

 

 

 

 

 

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