月別アーカイブ: December 2013

二百五十二話 夫婦とは

明日は、大晦日。 海辺の家で、これからの話をする。 ⎡ちょっと相談なんだけど、この古家と庭どうする?⎦ 新たに家主となった嫁に訊く。 ⎡所有者はあんたなんだから、俺が言う話でもないんだけど、どうも手放す気にはなれねえなぁ⎦ ⎡それは全然構わないけど、この家もうボロいよ、これから先大丈夫かなぁ?⎦ ⎡無理だろうな、建替えないと⎦ ⎡マジでぇ〜、そうなったら、家族三人で、家三軒だよ、やばくない?⎦ ⎡下手すりゃ、HOUSEKEEPER 人生だな⎦ ⎡なんで、こんな事になっちゃたんだろう?⎦ ⎡そりゃぁ、算数の問題だよ、住人が減って、戸数がそのままなんだから、こうなんじゃん⎦ ⎡マジかぁ〜、どうする?⎦ ⎡でも言っとくけど、此処無くなったら、もう海を眺めて暮すってのは諦めないとなんないよ⎦ ⎡それは、嫌だぁ!⎦ ⎡じゃぁ、このボロ家に、頑張って貰うだけ頑張って貰って、それから此処に家建てようよ⎦ ⎡うん、賛成だね、そうしよう⎦ 話はまとまったが、先の算数の難題はなにひとつ解決していない。 この馬鹿 blog を読んで戴いている方には、妻帯者もおられるし、そうじゃない方もおられると思う。 これから、妻帯者になろうかという方には、参考にして戴きたい。 例によって、いい加減な私見だけど。 どちらもが賢い夫婦というのは、あまり幸せになれないと思う。 どちらかが賢くて、どちらかが馬鹿だと、そこそこ幸せに過ごせる。 どちらもが馬鹿だと、これはもう人生薔薇色である。 要は、世の中馬鹿ほど強い者はいないんだと思っていて。 その馬鹿が、ふたり揃って世の中を渡ろうっていうんだから、恐いもの無しである。 さすがに、事の重大さからか、嫁が再び訊く。 ⎡ねぇ、私達、間違ってないよねぇ?⎦ ⎡まぁ、見方によるけど、大旨良いんじゃないの⎦ ⎡そっかぁ〜、大旨良いんなら、良いかぁ⎦ ⎡それにしても、私達も、こういう事で悩む歳になったんだよねぇ⎦ 普通なら、夫婦ふたりで、もうちょっと手前で、色々と考えを巡らせるものだが。 そんなことは、しない。 馬鹿が、何故に幸せなのか? それは、心配事や厄介事の深堀りをしないという生まれついての体質によるのだと思う。 今年一年間のご愛読、感謝です。 皆様にとって、迎える新年が良き年となりますように。   … 続きを読む

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二百五十一話 Down Jacket 買ってよ!

⎡寒いですよねぇ⎦ ⎡寒いなぁ⎦ ⎡寒くなかったですか?⎦ ⎡だから、寒かったよ⎦ ⎡じゃぁ、Down Jacket 買って!⎦ ⎡そこかぁ!いらねぇよ!⎦ ⎡おめぇ、暮にそんな事言ってるとこみると、Down Jacket 売れなかったんだろ?⎦ ⎡前にも、短パンで、同じような事ほざいてたよなぁ⎦ ⎡……………………。⎦ ⎡いい歳して、都合が悪くなったからって、黙り込むんじゃないよ⎦ ⎡確か、Down Jacket がチャーシュウみたいだとか、豚饅みたいだとか、言ったり書いたりしてたろ⎦ ⎡口を慎まなかった報いなんだよ⎦ そういえば、そんなことを言ったし、blog で書いたような気もする。 ⎡どうしよう?⎦ ⎡知らねぇよ!てめぇの不始末だろうがよ!客に訊くなよ!⎦ あぁ〜あ、この Down Jacket 良かったのになぁ、俺のせいで売れなかったのかぁ。 すでに過去形になってるところに、諦めが透けて見えるのだが。 気を取直して、この Down Jacket の何処が良いかをお伝えしようと思う。 なんと言っても、先ずは身頃の素材です。 ねっ、不思議でしょ。 裾のリブ編みが、グレン・チェック柄の織生地へとグラデーションで変化していくって。 編地部分は、キッド・モヘア混で毛足が長くフワフワ、上に向うにつれてガッシリしてくる。 そして、英国羊毛のツィードへと。 森下公則氏、お得意のニードル技法です。 シルェットも細身で、チャーシューや豚饅みたいにはなりません。 肝心の中身ですが、ホワイト・グース・ダウン 九三% … 続きを読む

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二百五十話 この港街に

波打ち際に建つ駅に、始めて降立ったのは一九七七年の暮だった。 もう三十六年も前の話である。 三宮から、海沿いの国道二号線を行けば、二〇分から三〇分もあれば着く。 西へ十五キロほどの距離で、都心からそう遠く離れた街ではない。 なのに、やたらと遠くに来たような気分にさせられた。 きっと、この小さな港町に漂う古びた褐色の気配がそうさせたのだろう。 駅から、海とは逆の北側に目を向ければ、すぐそこに山が迫っている。 神戸の西には、平に開けた土地が少ない。 この街も、国道を通せば、残りは浜辺に沿って一列の家屋を建てるのが精一杯である。 住人は、山の斜面に張付くように住処を設けて、海を見下ろすように暮らす。 日本人だけじゃなくて、外国人もそうして暮らす。 居留地の商館や、北野の異人館みたく立派なものではないが、斜面には多くの洋館が今だに在る。 一九三〇年 、英国人貿易商であった Ernest William James が、神戸のこの地にやって来る。 そして、自邸をはじめ六〇棟ほどの館を次々と建て、英国租界さながらの界隈とした。 外人学校もあって、肌色が異なる子供達が通っている。 いっぽうで、昔から守られてきた港が一駅ごとにあって、そこには漁師達が暮らす。 日に焼けた面をした漁師の小倅と、抜けるような白い肌をした異国の子女が、じゃれあって遊ぶ。 そうした不釣り合いな関係も、この地では、さほどに珍しくは映らない。 懐古的な英国気風と、漁師達が紡ぐ下町情緒が、妙な具合に入交じった気取りのない小さな港町。 十八歳の頃、そんな港街に生まれて育った同級生の家を初めて訪ねた。 その海辺の家には。 父となるひとが居て。 母となるひとが居て。 妻となるひとが居た。 真っ当で、しっかりとした家庭だった。 あの日、みんなで喰った晩飯を、昨日喰ったように思えてならない。 かなわない願いではあるけれど。 もう一度、四人で食卓を囲みたい。 今宵は、聖夜。 家主が去った海辺の家で、嫁とふたりになった今、想うことがある。 いつの日か、良い家族と、良い時間を過ごせたこの港街に戻ってこよう。 そうして、これからも幸せに暮そう。 一九八八年、小説家 宮本輝 は、著書 … 続きを読む

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二百四十九話 竹ヶ原敏之介の “ 儚い軍靴 ”

長い付合いだが、この男も変っている。 女優で、しっかり者の奥さんと一緒になって、子供も授かって、会社も立派になって。 だけど、やっぱり変っている。 変人は、どこまでいっても変人のままなんだろう。 新作の Army Boots だって言うから、見てみると。 どことなく、奇妙な郷愁が漂っている。 紳士服飾という商売柄、軍用装備品についての一応の知識は身に付いているはずなのだが。 この編上軍靴が、何処の軍隊に属するものか思い出せない。 米国の軍靴でもないし、欧州各国の軍靴とも違う。 まぁ、軍靴なんて、同時代だと国別には、そう大しては違わないものだろうけど。 でも、ちょっと気になったので訊いてみた。 ⎡これって、何処の軍靴なの?⎦ ⎡ The Imperial Japanese Army  ですけど⎦ ⎡えっ、それって、平たく言えば日本帝国陸軍じゃん⎦ ⎡これって、なんかのマニア向けの靴なの?⎦ ⎡今時、日本帝国陸軍の軍靴なんですけどって言われたら、普通引くよねぇ⎦ だけど、僕は、こんな竹ヶ原敏之介的な発想が好きだ。 敗者には、特有の儚さがある。 当時を生きた靴職人の心中を計れば。 戦地に赴く兵士達に、もっと立派な軍靴を履かせてやりたいという想いがあっただろう。 だから、物資乏しい時代にあって、叶わないまでも精一杯の仕事をしたのだと思う。 日本帝国陸軍官給装備品のひとつであった “ 昭五式編上靴 ” には、そういう無念が見てとれる。 そんな軍靴を、平成の世に、同じ日本の職人の手で、最高の部材と熟練した腕で蘇らせてやろう。 竹ヶ原敏之介の考えそうな事だと思う。 別に、本人に確かめた訳じゃないから違うかもしれないけど。 昭五式軍靴には、表革とバックスキンの両方が存在する。 表革を将校用と思われがちだが、実際のところはそうではなかったらしい。 原皮の調達がままならず、甲部には二種類の皮革がやむなく採用されたというのが実情なんだろう。 … 続きを読む

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二百四十八話 ANSNAM の中野靖だけど、なんか文句でも?

先日、二〇一三年の〆のアイテムですとか、なんとかお伝えしたように思いますが。 嘘でした。 もう、依頼した事すら記憶になかったモノが届く。 そういや、蜜柑色の手編みのセーターを創ってくれと誰かに頼んだような。 忘れていた俺が悪いのか? いや、忘れさせるほど遅れた奴が悪いに決まっている。 やっぱり奴か? ANSNAM の中野靖だ。 年も暮れようかという頃に、反省の欠片もなく、改心の素振りもなく、しれっと送ってくる。 ったく、いつもいつも、なんて野郎だ。 こうやって、編上がったセーターを見ていると、発注時の苦々しいやりとりが蘇ってきた。 ⎡蜜柑色のセーター欲しいから、カシミヤの色見本送ってよ⎦ 送られてきた色見本を見ると、どうもピンとこない。 ⎡この糸だけだと単調だよなぁ、別の糸を組合わせて深みを出さないと⎦ ⎡Lamb’s Wool かなんかで考えるか?⎦ ⎡良いですよ、別に考えなくても、僕がやっときますから⎦ ⎡僕がやった方が、蔭山さんがやるより良い色に仕上るんだから、任せてください⎦ ⎡ほぉ〜、そぉなの?⎦ ⎡へぇ〜、そぉなんだぁ?⎦ ⎡はぁ〜、そぉなんですかぁ?⎦ ⎡偉いんだねぇ、凄いんだねぇ、自信あるんだねぇ⎦ ⎡そこまで、ほざくんなら、万が一にもしくじらねぇだろうな!⎦ ⎡あたりまえじゃないですか、僕を誰だと思ってんですか!⎦ 何処の誰だか、よ〜く知ってるだけに心配なんだけど。 案の定、色確認をする訳でもなく、風合い見本の了解を得る訳でもなく、なしの礫で月日は流れる。 そうした末の今日である。 送られてきた箱には、蜜柑色のセーターが 梱包されていた。 ほぉ〜、納期は別にして、色は、まぁ、言うだけの出来であるにはある。 しかし、カシミヤにしては、妙に粗野な面構えをしている。 触ってみた。 なんだぁ〜、これ! Shetland Wool じゃん。 表示を見てみた。 Shetland … 続きを読む

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二百四十七話 仕立屋

生涯現役っていうのも、そりゃぁ理想なんだろうけれど。 この稼業は、それが簡単に許されるほど甘くはない。 僕も、そろそろ潮時を考えねばならない歳になったと思う。 しかし、それは今ではないし、かといってそんな先の話でもない。 ただ、稼業を終える前に、やっておきたい仕事がいくつか残っている。 それらを、やった後は、とっとと引くつもりなんだけど。 そのひとつに、昔堅気の服創りをもう一度やってみたいという想いがある。 なにも、懐古的なデザインの服をという訳ではない。 今の時代、服飾品は、安易な大量消費材へと成下がってしまった。 街には、端からゴミになることを前提に創られたような服が溢れている。 暴論だが、衣料品とゴミは同意語といっても許される時代なのかもしれない。 って事は、俺等はゴミ屋なのか? そうじゃないことを、証明しておきたい。 幼い頃、よく “ 一張羅 ” という言葉を聞いた。 少し無理をしてでも、一家の稼ぎ頭には良い服を着せたい。 そんな一家の想いを纏った大人の男が、格好良く見えた時代があった。 服が、街場にいる職人の手によって丁重に仕立られていた時代を、眺めた最後の世代かもしれない。 若い頃、ROMA に在る Gaetano Scuderi 社という仕立屋を取引先にしていた。 老いた Maestro であった Signore Perrone によく言われた言葉がある。 ⎡あそこの店屋の服だったら、亭主に他所で恥じをかかせることはない⎦ ⎡そう、客の女房に言わせなければ、一端の紳士服屋とは言えない⎦ Mamma の国、伊ならではと思われるかも知れないが、日本もかつてはそうだったんだろう。 その頃の服は、今とは明らかに違う。 一針一針に込めた職人の誇りや気持ちが、今時の服からは微塵も伝わってこない。 そもそも、街中に溢れている服のほとんどは、どっかしらの他国で創られている。 自分が何を創っているのかさえ判っていない輩が、適当に日銭稼ぎにやってるだけだから。 … 続きを読む

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二百四十六話 Musée du Dragon だけの孤高にして最強の Army Pant

  お待たせいたしました。 あまりに仕様が複雑過ぎて、年内の納品は無理かもしれないと覚悟していたんだけど。 本日、目出たく到着いたしました。 森下公則さんはじめ、係わって戴いた職人の方々に感謝です。 さて、これが。 “ Musée du Dragon × 08 Sircus SPECIAL ARMY PANT ” ですと言ったところで、写真ではこのパンツの実像は伝わらないと思う。 なんせ、正面、側面、背面の全てに凝った仕様が盛込まれている。 そして、同色に染められた四種類の異素材は、微妙な表情を産む。 ってなことを言っても、やっぱり伝わんないだろうな。 いや、まぁ、とにかく凄いんです。 これだけの仕様を、他所で仮に実現出来ても、多分、重くて履けたもんじゃない。 なのに、履くと意外と軽い。 これが、パリ・コレクションで、欧州を席巻したデザイナー森下氏の真骨頂なんだろう。 伝える術がないので、ご覧戴くしかないのだが。 ご本人の言葉を借りれば。 ⎡蔭山さんの好物のモッズ・コートをパンツにしたら、こうなります⎦ モッズ・コートをパンツに? そう言われりゃ確かにそうだ。 真夏以外は、ほぼ年間通じて着用できるよう通気調整機能も付加している。 多彩な機能や、部品を調節することで変化する表情など、解説不能の逸品です。 Musée du Dragon だけの孤高にして最強の Army Pant 。 ネイビー・カラーに加えて、カーキ・カラーも展開いたします。 二〇一三年の仕事納め、この渾身の一作で〆させて戴きます。

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