月別アーカイブ: September 2022

六百九話 結陽ちゃん

庭のジプシー 橋口陽平君は、東京の大学に通うまで鹿児島で産まれて育った薩摩隼人だ。 先日、娘の結陽(ムスヒ)ちゃんを授かったばかりで。 数日前に庭の剪定作業にやって来た際にも、嫌というほど画像を見せられる。 産まれて二ヵ月で、拡大契約した画像保存可能枚数がすでに限界に達しつつあるらしい。 めくってもめくっても結陽ちゃんしかいない。 「もう連写モードのレベルだな、いい加減整理すれば」 「整理って、消すっていうことですか?どれを?」 「知らないよ、そんなの」 「でも、奥さん似で文句なく可愛いいな」 「はぁ? 䕃山さんよく見てくださいよ、どっから眺めても俺に似てますよね」 「いや、間違いなく奥さん似で 、この娘も美人になるな」 「俺、一〇月に San Francisco の金門橋近くで石積みの仕事を二週間請け負ってるんですよね」 「行きゃぁいいだろう、たった二週間だろ?」 「その間どうしましょう?」 「だから、知らないって!」 このおとこ、当分の間、近場仕事だけにしてジプシー業を廃業するんだろうな。 その定住志向のジプシーが、家族で結陽ちゃんをお披露目にやって来た。 「どうですか?可愛いですよねぇ」 「どうですかって、散々画像見せられて知ってるよ」 「動くんですよ」 「いや、知ってるから、動画もいっぱい見たから」 抱いて上から眺めていると、確かにこの娘は可愛い、まぁ、こうなる気持ちもわからなくもない。 「鹿児島のお爺さんもさぞ喜んでおられるんじゃないの?」 「すぐ鹿児島からやって来て、大騒動ですよ」 「薩摩隼人は無口だって、あれ大嘘ですよ、ずっと結陽相手に喋りまくってましたから」 「あっ、そうそう、これその親父が育てた栗なんですけど、良かったら食べてみてください」 鹿児島は、栗の産地としてはあまり知られていない。 しかし、県境を接する熊本県山江村では、最高級の栗が採れる。 その昔、年貢米ならぬ年貢栗として納めていたほどだ。 同じ土壌、同じ風土の県境付近の鹿児島側でも栗を育てるひとは多いらしい。 “ やまえ栗 ” に劣らず “ 霧島栗 … 続きを読む

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六百八話 神戸徘徊日和

二〇二二年九月一〇日、今年はこの日が一五夜となる。 海辺の家で、観月の宴会でもと思い声をかけたのだが、集まりが悪く中止。 仕方ないので、夫婦と友人ひとりを伴って街中をうろつくことにする。 旧神戸 UNION 教会堂を改築した “ Cafe FREUNDLIEB ” へ。 昼飯を sandwich で済ませ、北野町界隈の異人街に向かって歩く。 大学時代、嫁は市役所に雇われて観光客に異人館を案内するバイトをしていた。 その縁で、此処が遊び場となっていた時期がある。 震災後、雰囲気は随分と変わってしまったが、食と飲みでのこの街独特の流儀は消えてはいない。 幼馴染、先輩後輩、隣人とのローカルな関わりを立場、年齢、人種を超えて何より重んじる。 極めて排他的ではあるものの、住人にとってはそれが心地良いのだろう。 なので、どんな洒落た造りの店屋であっても、家にいるのとたいして変わらない格好で客は集う。 気取らず普段着で近場の店屋にやって来て。 居合せた顔見知りと毒にも薬にもならない話題で盛り上がって、たらふく食って飲んで帰って寝る。 まぁ、これが神戸人の目指す理想の暮らしぶりで、この実践に向けて日夜励んでいる。 「俺、産まれてこのかた頑張ったことないから」 ほんとは四苦八苦していても、この台詞だけは取り敢えず言っとかねば明日は来ない。 あれほどがめつい中国人でも印度人でも、二代三代とこの街に暮らし続ければただの腑抜けだ。 緩くて、阿呆で、したたかな港街。 Cafe FREUNDLIEB を後にして、途中、The Bake Boozys で翌昼飯用ミートパイを嫁が買うと言う。 ミートパイにとどまらずあれもこれもを鞄に詰めて歩くことに。 神戸ハリストス正教会脇の路地坂を登って、 神戸 Muslim Mosque までやってきた。 この日本最古のモスク周辺には、ハラル料理屋や食材店が並ぶ。 最近、そのモスク前でトルコ人がトルコ料理屋を始めたらしい。 “ … 続きを読む

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