月別アーカイブ: October 2012

百四十五話 喰わず嫌い

どっちも着なかった。 Down も嫌いだったし Vest も嫌いだった。 Down はあの中華ハムみたいな格好が気に喰わない。 Vest は中に着るならまだ解るが外衣として着るというのは意味が解らない。 この人暑いんだろうか?寒いんだろうか? 長年そう思ってきたのでどちらも着なかったし創らなかった。 昨年までは。 Over the Stripes の大嶺君が創った Mouton Vest があまりに馬鹿馬鹿しくて面白かったので買った。 そして、ひと冬の間 “マタギ” と罵られながらも着てみる。 すると、これが中々に優れものであると気づく。 まず Vest なので当然の事ながら袖が無い。 袖が無いというのがこれほど可動ストレスを感じさせないものなのかと驚く。 お前は素人かっていう話なんだが正直動き易い。 防寒という点でも意外と使える。 体感温度は身体の部位によって異なるのだが上半身では胸周りを暖めると良いらしい。 だとしたら、T−Shirt に Vest という着方は一概に間違っているとも言えない。 Outdoor Sport などで Layered System とかいう服の着方がある。 … 続きを読む

Category :

百四十四話 半島の先にある宿 其の弐

百四十三話からの続きです。 ⎡あった、あった、あったよぉ、すご〜い⎦ 崖から身を乗出して下を見ていた嫁が勢いづいている。 ⎡何が?何処に?⎦ ⎡宿が、ほら崖の下に⎦ 恐る恐る覗いて視ると確かに在る、切立った崖の遥か下に数棟の館が弓状に連なって在る。 ⎡悪いんだけど俺帰るわ⎦ 僕は昔っからこのての高い所が苦手でとても耐えれそうにない。 ⎡もしもし、あのぉ〜、これどうやって降りるんですかぁ?⎦ ⎡荷物あるんですけど迎えにとかお願い出来ちゃたりなんかしますぅ?⎦ ⎡聞けよぉ俺の話、怖いって言ってんだけど⎦ 完無視で宿と携帯電話でご機嫌にやりとりしている。 スイッチバックで上がってきた車に乗って同じ段取りで下っていく。 おぞましい所だ、数センチでもアクセルとブレーキの加減を間違えたらもう魚の餌になるしかない。 三方に切立つ崖を背負い正眼に日本海を見据える。 ⎡ランプの宿⎦は、そうやって伝馬船の時代から立っている。 ここで唐突にではありますが一曲披露させて戴きます。 あなた変わりはないですか 日ごと寒さがつのります 着てはもらえぬセーターを 寒さこらえて編んでます 女ごころの 未練でしょう あなた恋しい北の宿 昭和歌謡界の巨人、作詞家阿久悠先生は名曲 ⎡ 北の宿から ⎦ の詞をこの宿で綴った。 多くの日本人が顧みなかった日本の原風景は北国にこうして残っている。 ⎡ ランプの宿 ⎦ の魅力はその一点に尽きると言っても良いと思う。 とは言え他が宿として劣っている訳ではない過不足なくちゃんとしている。 食でも技と手間を尽くし地物を端正に活かして供される。 能登の食に関わる底力は他所に比べ図抜けて強い。 十一月に限っても、 沖では “のどくろ” “かわはぎ” “鰤” 関西ではハマチと呼ぶ “がんど” 等が獲れる。 … 続きを読む

Category :

百四十三話 半島の先にある宿 其の壱

横浜に住む友人が御両親を伴って行くというので案内がてら少し書かして貰う。 だいぶと前になるが嫁が誕生日に何処かへ行きたいと言いだした。 だから十一月の話だ。 嫁の言う “何処か” は文字どおり “何処か” であってここへ行きたいというのはない。 場所を決めて御膳立てをするのは僕の役割である。 北陸本線の金沢駅を降りて駅前で車を借り北へと向かう。 市街地からの坂道を登り切ると眩しさで一瞬目の前が白くなる。 すぐそこに突然日本海が広がるという嗜好で道が通されている。 石川県道路公社もやるもんだと感心しながら内灘ICから能登有料道路に入る。 途中今浜ICで降りて千里浜に寄ることにした。 千里浜渚道路は日本で唯一一般車両が砂浜の波打ち際を八キロにわたって走れる道である。 嫁はそこでわざと車をスピンさせたり、 打上げられたクラゲを踏んずけたりと散々はしゃいだ後に腹が減ったと言いだす。 すぐ傍の宝達という村落に手打ち蕎麦を供する店屋があると訊いていたのでそこに向った。 “蕎麦処 上杉” 外観は漁村の古屋だが中に入ると輪島塗の大黒柱を持つという民家で打立ての蕎麦を喰った。 天麩羅蕎麦を注文したが、半端な田舎蕎麦的な代物ではない完全な玄人の洗練された蕎麦で旨い。 ただ払いも田舎のという訳にはいかない、相場的には東京白金辺りと変わりはないかもという値だ。 また有料道路に戻って終点穴水ICまで走り能越自動車道に乗換えると能登空港に着く。 ⎡快適よねぇ⎦ ⎡だろう、今どき田舎だ秘境だって言っても日本では大したことないんだから ⎦ ⎡もうちょっと行ったら案外イオンモールとかもあるんじゃないの⎦ しかし、その時はまだ現代文明の恩恵が奥能登のそのまた奥までは届いていない事を知らなかった。 なので能登牛の牛乳は美味しいだの道の駅でなんか買おうだのと脳天気に振る舞っていた。 持参のCDから “ Over the Rainbow ” が流れると共に能登半島から海に虹が架かる。 ⎡なんか良い感じだよねぇ⎦ 珠州の漁村辺りまではまだこんな調子だった。 小さな漁村から漁村へと半島の東側を海沿いに縫うように走る。 … 続きを読む

Category :

百四十二話 サボテンになりたい。

Viyella Shirt というアイテムをご存知ですか? ネルシャツと略される Flannel Shirt の事じゃないですよ。 見た目が似ているといえば似ているのだが。 Flannel Shirt は綿素材で Viyella Shirt は毛と綿が半々の混紡素材です。 正しく言うと Viyella Shirt はアイテム名ではなく商標登録名である。 確か英国の William なんとかっていう会社の商標だったと思う。 2∕2の右綾で同じような仕上だが Viyella Shirt の方が一般的には上質なんだろう。 この手のシャツをさらに上質に創ればどうなるかと考えたうつけ者がいる。 ANSNAM のデザイナー中野靖先生である。 ⎡おっ、この Viyella Shirt 良いじゃん⎦ 言いながらアトリエに掛けてあるシャツを触った。 ⎡えっ、これって⎦ ⎡さて何でしょう?⎦ うっすらイラッとしたけど。 ⎡絹だろう⎦ ⎡良いでしょう?⎦ ⎡そりゃ良いけどこれって幾らになるの?⎦ ⎡さぁ~、どうでしょうねぇ⎦ … 続きを読む

Category :

百四十一話 最強のふたり

台風十七号が去った翌日。 自宅の庭も大概の始末に追われたので海辺の家の庭も同じ事になってるんじゃないかと思った。 住んでいる義理の母が言うには木が家に向かってくるようだったらしい。 仕事を終えて神戸に向かう。 着いて庭を見ると藤や桜の葉がそこら中に飛散っているものの始末に大変というほどでもない。 家主の方も体調が良さそうだ。 その母が訊いてきた。 ⎡明日なんか予定ある?⎦ ⎡剪定と庭の掃除くらいですかねぇ⎦ ⎡それ終わったら映画観に行かない?⎦ ⎡いいですけど、目当てのものでもやってるんですか?⎦ ⎡最強のふたり⎦ ⎡あぁ、あの車椅子に乗ったオッサンの仏映画ですか?⎦ ⎡そうそう、そのオッサン観てから食事でもしようよ⎦ 母と僕の嗜好は意外と遠くない。 庭もそうだが小説なんかも僕が読み終ると次に母が読むという具合だからなんとなく近い。 昼過ぎに庭仕事を終えて三宮駅傍の劇場で観ることにする。 予定していた訳でもなかったので全くどんな話か知らずに観た。 事故の後遺症で首から下が麻痺した富豪が介護役にと刑務所を出所したばかりの黒人移民を雇う。 巴里を舞台に最上流と最下層に生きる富豪と貧民が共に暮らして無二の親友となる。 とまぁこんな筋なんだけど驚くことに実話に基づいているらしい。 映画作品としても間違いなく一級品だと思うし単純に笑える。 仏人自身または仏人と係わりを持ったことのある人間が観るとなおのこと面白いと思う。 仏人の三人にひとりが観たという口上にも頷ける。 仏人というより Parisien とか Parisienne と呼ばれる巴里人なんだけど。 これほど難解で御馬鹿で可笑しな連中はいない。 我儘で、怠慢で、猥褻で、強欲で、辛辣で、頑固で。 人間だから皆こういう悪徳を背負っていてそれを何とか 繕って日常を生きている。 ただ巴里人はよそ者より少し繕う分量が少ない。 だから時々悪徳が表に出てしまう。 で結局のところ良い人なのか悪い人なのか解らない難解な人達ということになる。 彼等の目指すところは全く繕わず人間臭く自由で奔放に生きるところにある。 好きな相手と付合いが深くなるにつけ繕う分量がどんどん減ってくる。 十年も経つと男女や貧富に係わらず馬鹿丸出しの関係に仕上がる。 そういう相手とのめぐり逢いを生涯をかけて求める。 … 続きを読む

Category :

百四十話 粗にして野だが卑にあらず。

数年の空白期間を経て再び始動した Authentic Shoe & Co. そしてこれが始動第一弾となるコレクションのひとつ Lace Up Western である。 名前からしてすでに歪んでいる。 編上げでウエスタンと言うのだから。 相変わらずと言えば相変わらず、らしいと言えばらしい。 竹ヶ原敏之介という男はあまり語らない。 なので定かではないが長い付合いから想像するに多分こういう事だろうと思う。 まずは何処が Western なのか。 Toe には Cowboy boot の Toe Stitch が施してある。 機能的には補強用の刺繍だそうだがこれが無いとさすがに Western とは呼びづらい。 Welt は二重に縫われ酷使に耐える仕事靴として仕上げられている。 素材には Horween Leather 社製のオイルドステアを用いる。 多分クロムエクセルレザーだと思うんだけど。 もしそうなら四種類の異なる油脂で鞣されるこの革はことの外強い。 素材に於いても縫いに於いても堅牢な靴創りに従った手法を選択している。 米国靴のアイコンとも言うべき紋様と手法を用いて北米を代表する名門タンナーの革を使う。 誰が訊いてもこれはもう米国靴そのものだろう。 … 続きを読む

Category :

百三十九話 Ai Wei Wei という男

まだ憶えてますか? 北京オリンピックのメイン・スタジアムとして建設された北京国家体育場です。 “鳥の巣”と皆が呼んでいた代物だ。 デザインを芸術顧問として主導したのはひとりの中国人現代芸術家だった。 僕はその名を聞いた時中国はきっと変るのだと信じた。 まったくもって裏切られたんだけど。 浅はかにもその時はそう思った。 その現代芸術家は Ai Wei Wei と言う。 Wei Wei は漢字で “ 未来 ” と記される。 父親は高名な詩人であった Ai Qing 母親の Gao Ying も同じく詩人であった。 父親の Qing は文革の時代新疆ウイグル自治区の労働改造所に送られる。 北京電影学院時代の同期には、 ⎡ Promise ⎦ の陳凱歌や ⎡ Lovers ⎦ の張芸謀らの世界的映画監督がその名を連ねる。 芸術家としての血統はこの上なく正当だろう。 そして … 続きを読む

Category :

百三十八話 Trench Coat

また買ってしまった。 春と秋の季節の変わり目になるといつものように嫁が言う。 ⎡たいして外も出歩かないのにまたコート買うのぉ?⎦ ⎡何処着て行くのぉ?⎦ 全くおっしゃるとおりである。 洋服箪笥には薄いのから厚いのまでずらっとコートが並んでいる。 中には擦切れてボロボロのも在る。 それでもまだ在る。 そして季節が変ると新しいのがまた増える。 もう三十年近く変らず続いている。 ⎡さすがにちょっとした病かもな⎦ ⎡気づくのが遅いよ⎦ ⎡でも好きでやってんだったら別に良いじゃん⎦ ⎡ここまできたら死ぬ迄やってれば⎦ という有難い声に従って写真の Trench Coat を買った。 コートは不思議な服種であると思う。 着ているコート自体やその着方によってその人の生活感や意識までもが端的に表れる。 しっかりと身に馴染んだコートを着ていればの話だが。 そういった理由からか映画の印象的なシーンにおいてコートはよく登場する。 Trench Coat に限ってちょっと思いだしてみると。 1942 “ Casablanca ” Hunmphrey Bogart 1970 “ Le Cercle Rouge ” Alain Delon & … 続きを読む

Category :