五百七十三話 酒と薔薇の日々?

 

“ 海辺の家 ”
西の端にずっと昔から植っていた薔薇。
正直なところこうしてあったことすら忘れていた。
坂の下に広がる海を眺めようと、今回の改築で壁を抜いて窓を設けたところこんな感じに。
二〇年以上前に、義父が散歩の途中で摘んできた薔薇を挿木して大きく育てたらしい。
屋内に入り込んできそうなほどに咲く薔薇。
鑑賞用に品種改良を重ねた今時の薔薇ではないけれど、 昭和な風情で古館によく似合う。
大酒飲みの親父が遺した薔薇。
“ 酒と薔薇の日々 ”ってかぁ?

似合わない!

 

 

 

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五百七十二話 緊急事態宣言!

三度目となる緊急事態宣言が、間もなく発出されるらしい。
あれもするな!これもするな!
言われりゃ、その通りにさせてもらうつもりではいるけれど。
街場には、 そうも云っておれない方も多くいらっしゃると思う。
百貨店への協力金として日額二〇万円を支給って?
客単価じゃないんだから。

なんだかなぁ。

 

 

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五百七十一話 日本の観桜

日本の花と言えば、桜。
日本の水と言えば、富士ミネラルウォーター。
富士山、標高八五〇メートルで採水される日本初の軟水ミネラルウォーター。
主要国首脳会談の卓上にも置かれた名水。
ラベルの意匠も桜によく似合う。
是非、海辺の家での花見の宴でも登場させよう。

これこそ日本の花見、週末です!

 

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五百七十話 高瀬船

京都。
木屋町を高瀬川に沿って歩くと二条通りと交わる。
ちょうど交わった辺りに、全く懐に優しくない古美術屋が在って、来るとつい寄ってしまう。
桜の頃にゆくと、人にまみれるだけなのだが、今年は様子が違った。
人影もまばらで、なんとなく心寂しい。
この高瀬川を舞台に、漱石先生は “ 性 ” を、鴎外先生は “ 死 ” を描いた。
文豪が愛した高瀬川の風情を束の間にせよ取り戻したかのように想う。

皮肉にもだけど。

 

 

 

 

 

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五百六十九話 仏風鴨鍋

東京出張の帰りには、品川駅で “ Table OGINO ” に寄って新幹線に乗るというのが決まりだった。
車内用と家用に、季節毎の Pâté や Terrine を買う。
仏版 Fast Food を愉しむ。
“ Table OGINO ” の Gibier 的な味わいは独特で毎日食っても飽きることはない。
特に、“ 鹿肉とさくらんぼと栗の Terrine ” は、ほんとうに旨い。
鹿肉特有の鉄臭さとアメリカン・チェリーのシロップ煮と栗の甘露煮の甘さが交わる。
最強の Terrine かもしれない。
そんな “ Table OGINO ” の鴨鍋を取寄せて家で愉しめるというネタを嫁が仕入れてきた。
Gibier の伝道師の異名を持つ仏料理人 荻野伸也が供する “ 仏風鴨しゃぶ鍋 ” だという。
直ぐに注文、翌々日には玄関先に鴨鍋が届く。
ウイルスは災いには違いないが、お陰で今までありえなかったモノが家に届くようになった。
ウイルスには感謝の一言もありはしないが、店屋のこうした努力には心から敬服する。
ほんとうにご苦労な事で、客にとっては、ありがたいことだと想う。
箱を開ければ、写真の花弁状に並べられた鴨肉と銀色の袋に入った出汁が入っているだけ。
な〜んの説明も講釈もなし、インスタ映えの欠片もありはしない。
良い!良いんじゃの!
この素っ気なさが、OGINO らしい。
鴨肉をしゃぶしゃぶして包んで食えるように、野菜を細かく揃えて切って盛る。

以外は、いたって普通の鍋物と何ら変わりない。
食ってみた。
「この出汁っていうか、スープっていうか、なんなんだろう?」
嫁も。
「わかんない、だいたいこれって何味なの?」
和風でもない、中華でもない、エスニック風でもない、仏風でもない。
なんか得体のしれないコク のある出汁だとしか言いようがないが、それほどの癖もなく食べ易い。
鴨肉を潜らせせると、程よく臭みと馴染んで旨い。
しかし、なんと言っても、この Magret de Canard に尽きる。
マグレ鴨は、フォワグラを取出した後の胸肉で、仏の伝統食材だ。
やはり、日本の合鴨では、野生臭が物足りずこうはいかない。
「ちょっと、あんた、いくら鴨好きだからって食べ過ぎじゃないの?」
「いや、これ、明日の朝まで食べられるわぁ!」
「 それに、もう Faire (肝臓)も Gras (脂肪)も取ってあるから幾ら食べても大丈夫だから」
「馬鹿じゃないの!立派に馬鹿だよねぇ!」
これって、巴里で店屋やったら繁盛間違いなしだわ。

出汁の調合さっぱりわかんないから無理だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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五百六十八話 WWⅡ Officer Travelers Bag

改築前の海辺の家には、古い作り付けの食器棚があった。
建具屋と家具職人に言って、一旦解体し、扉を外して本棚へと用途を違えて残した。
部屋も、食堂ではなく、ちいさな図書室として使うことにする。
食器棚には、長年暮らしの中でついた傷跡が多くあって、それらを遺してくれるように伝えた。
なのに、職人は、鉋をかけて綺麗に仕上げてしまった。
「ほら、ご主人、見違えるようになりましたやろ」
「やめないかぁ!いらない仕事をするんじゃぁないよ!言うこと聞けよ!」
と言ったものの、今更もうどうしようもない。
まぁ、職人に悪気はなく、施主のためを想って腕を振るったのだから、諦めるほかない。
想い返せば、稼業に就いていた間も、こんな悶着の繰り返しを果てしなく続けてきた。
我々のもの創りは、多くの工程を経て成り立っていて、その工程の数だけ職人が携っている。
発案者は、狙いや意図や想いを彼等に伝え、共有し、ものとして具現化していく。
絵を描き、文字で伝え、背景にある画像を提示し、あらゆる術を駆使して仕様書を補う。
伝わらないものを、伝えられるまで、執拗に諦めずにやる。
お陰で、僕の顔を見るだけで吐気を催すといったひとも、業界にはまだおられると思う。
だが、それだけやっても満足のいくことは滅多にない。
もの創りとは、かように労多く報いの少ない行為である。
先日、後藤惠一郎さんから鞄を贈っていただいた。

“ WWⅡ Officer Travelers Bag ”

一九四〇年代、米軍士官が、作戦要綱に関わる命令書や報告書を収めるために支給された鞄である。
実物を二度か三度手にしたことがあるが、これは半端なく再現されている。
限られた数しか支給されておらず、今では蒐集家の間でもかなり希少らしい。
なにがどうというレベルじゃなくて、これはやばいわぁ!
ちゃちな中古加工など施さない堂々の新品なのに、この圧倒的な Nostalgia 感は凄い!
VILLAGE WORKS の工房で製作されたのだろうが、発案者は後藤さん御自身に違いない。
多分実物を目にしたことがない職人の方に、 これやっとけ!的な話だったんじゃあないかなぁ。
だとすると、工房内は、ひとつの意思で完璧に統べられているのだと思う。
これはもう魔法の域に近い。
後藤惠一郎さんも VILLAGE WORKS も長い付合いだからよく知っている。
よく知っているけれど、根っこの部分で解らないところがいまだにある。
それは、工房全体が、一体の生き物のように稼働し製品を産む仕組みがどうしても理解できない。
“ 不思議の国の惠一郎 ” と、陰ではそう呼んでいる。

ありがとうございました、大切に使わせていただきます。っていうか、飾っときます。

 

 

 

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五百六十七話 海峡に巡る春

市場へと坂をくだっていった嫁が、袋を抱えて帰ってきた。
「もう春だわぁ!」
海の際で育った者は、これで春が来たと知るらしい。
茎わかめ?
わかめの真ん中、中と元茎の部位にあたる。
いわば芯の部分で、ちょっと固いので、食用として活用されることはほとんどなかった。
しかし、高い栄養価と独特の歯応えから、漁師達や地元民は旬の食材として好んだという。
「なんか色の悪いアロエみたいだけど、どうやって食うの?」
海辺の家あたりでは、この茎わかめを “ ミミチ ”  と呼んで佃煮にするのだそうだ。
もうひとつの袋には、また別のものが入っている。
「なに?これ? なんか気持ち悪いんだけど」
「まぁ、山育ちにはわかんないよね」
いや、北摂は充分都会だと思うけど、いちいち反論はしない。

生海苔?
大阪湾の豊かな養分と明石海峡の潮流が育む須磨海苔は、肉厚さと磯の芳香で名品とされる。
とにかく値が張り、そのほとんどを料亭向けに出荷している。
梅が蕾を膨らませる頃、神戸の海では海苔漁が始まる。
そして、この季節でしか味わえないのが、これ。
新芽だけの “ 初摘み海苔 ” で、乾燥前の生海苔だ。
とりあえず、生海苔豆腐鍋にしてみる。
海苔を水洗いし、水気をきる。
鍋に水と白葱を入れた出汁汁を沸騰させ、豆腐を加え、最後に海苔を入れてさっと煮る。
これだけなのだが、たしかに旨い。
明日は、嫁の嫌いな粕汁にこいつを丸めてぶち込んで食ってやろう。
きっと、さらに旨いに違いない。
眼前の海には、海苔漁へと向う船がいく。

こうして、海峡に春が巡る。

 

 

 

 

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五百六十六話 須磨離宮

海辺の家に居た梅の老木が、二〇一八年の台風で倒れて以来、早春の庭が寂しくなった。
他所の梅でも眺めに行くかぁ。
皇室ゆかりの須磨離宮が近場で良いかもしれない。
ちょうど “ 寒梅会 ” が催されていて、その初日だった。
が、冬の花見は駄目だ!

眼前に海が広がる広大な庭園に、だ〜れもいない。
噴水だけが、派手に水飛沫をあげている。

やめろ!糞寒いわぁ!
薔薇の一輪も咲いていない。
肝心の  “ 寒梅会 ” も、写真では満開そうに写っているけれど嘘です。
ほとんど枯木状態で、このひと枝がようやくといった始末。

写真を撮そうにも撮すものもないので、池の鯉でも撮って気を紛らわせる。
挙句、“ 子供の森 ” で、人目の無いのを確認しながらひとりジャグリングをするという暴挙に。
情けないことに、これが一番楽しめた。

まぁ、良い運動になったと諦めるほかないわ!

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五百六十五話 鬼滅!

二月二日。
明治三〇年以来、一二四年ぶりに二月二日が節分になるらしい。
俺にとっては、暦計算なんて果てしなくどうでも良い 情報だ。
そもそも、我家には、恵方巻なんて意味不明の食いものを食する習慣はない。
しかし、この時節、魔除と聞いては、やらないわけにもいかないだろう。
即席ワクチンも豆撒きも同じようなもんだ。
鬼役は似合わないので、 適役の嫁にやってもらう。
「ねぇ、あんた、このお面いる?」
「冥土に送ってやろうか!」
さすが、見事に完璧な鬼と化している。
鬼は外!福は内!

一日も早い日常の回復を願って。

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五百六十四話 禁断のピザ釜

穏な潮が流れる坂越湾に、生島樹林に囲まれた千種川から清流が流れこむ。
湾では、良質の植物性プランクトンが育ち、最高の牡蠣が産まれる。
ぷっくりと大きな身に独特の磯の香りが漂う坂越の牡蠣は、唯一無二の逸品。
生で食べても文句なく旨いのだけれど、さらに高みをめざす術を最近知った。
坂越牡蠣を ピザ用の薪窯で焼く。
これはもう、 悪魔の所業並みに旨い。
火を通すことで凝縮され、ただでさえ濃厚な旨味がさらに増す。
ガス火でも、炭火でもなく、ここはやはりピザ釜の薪火でなければいけない。
唐突に閃く。
そうだ、海辺の家にピザ釜が欲しい!
これがあれば、コロナ禍での家飯のテンションは爆上がり間違いなし。
なのだが、ある先輩の忠告を思い出した。
先輩によると、還暦を過ぎたおっさんには、買ってはならないものがあるのだそうだ。
珈琲の焙煎機、蕎麦の捏鉢、燻製機、そしてピザ釜。
「このうちのひとつでも手にしたら、偏屈な老人の道まっしぐらで、そのまま終わるぞ」
「おんなにドン引きされて、悪くすりゃあ別れることにもなるわなぁ」
「えっ!嘘でしょ? 俺、全部欲しいんですけど」
「 オメェ、ヤベェなぁ、完全にクズじゃん」
そう言った先輩は、蕎麦の捏鉢以外の三つを持っている。
そして、離婚経験ありの筋金入りのクズだ。
さらに、クズのまま人生を終えようとしている。
オリーブオイルをかけ檸檬を搾ったピザ釜で焼かれた坂越牡蠣。
食いながら思案した。

それでも買うべきか? それとも買わざるべきか?

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