六百九十九話 Giant Hornet Busters !

桜の花が散った後、新しい緑に覆われ庭全体が明るく華やぐ。
そんな季節を迎えた頃 “ 海辺の庭 ” に凶暴な使徒がやってくる。
Queen Giant Hornet (オオスズメバチの女王)だ。
絶対に負けられない戦いの幕開けなのだけど、僕は芯がやさしいので参戦しない。
眺めているだけ。
周到に罠を仕掛け、入念に毒を盛り、着実に死に追いやる。
海辺の Hornet Busters とは、我が嫁のことだ。
おんなとおんなの闘い。
怖っ!
ここで、このオオスズメバチとは何者か?についてちょっと解説しておく。
スズメバチ科のなかでもオオスズメバチは世界最大級で、働き蜂でも四センチくらいの大きさ。
女王蜂ともなれば六センチ近くにも達する。
その凶暴性と毒性も半端なく、場合によっては死を招くことも。
但し、雄は毒針を持たず戦闘や営巣などの労働にも従事せずだいたいが巣の外に出ることもない。
役割は交尾専門で、行為が終われば死ぬ。
どの種に於いても、雄は哀しくやさしいいきものなのだ。
秋、働き蜂はその短い一生を終える一方、女王蜂は次の女王蜂候補を専用の育房で育て始める。
育て終えた元の女王蜂は、そこで他の働き蜂同様寿命を終え巣は消滅となる。
代を継ぐ一体だけを残し他の蜂は全てリセットされるわけだ。
女王蜂候補は冬を越すため、余分な脂肪の燃焼となる労働はせずに育つ。
独り冬眠し春になって眼を覚ます。
そして、新たな巣を作り、働き蜂の卵を産み、巣を大きくさせていく。
女王蜂は、種の継続のみを最優先し無駄な戦闘や労働はしない。
よって、働き蜂のような攻撃性は低いと言われている。
この点に狙いをつけて登場するのが我が嫁だ。
女王蜂が、目覚めてから営巣に着手する四月中旬から五月下旬までの期間に葬り去ってしまおう。
冬眠直後の女王蜂は体力が落ち行動が鈍く、加えて営巣に気を取られ警戒心が散漫になっている。
さらに、腹が空いているので容易に餌にも食いつくだろう。
ここしか仕掛けた罠によって根源を断つ機会はないと言い切る Hornet Busters の嫁 。
周到な準備を三月から進めていく。
まずは秘伝の毒を熟成期間を見込んで手前から造り始める。
ベースとなるのは巨峰カルピスで、そこに焼酎・砂糖・酢を絶妙の加減で加えていく。
この特性カクテルを二週間熟成させる。
毒性はないのだが、一度浸かれば高い糖度による鳥黐のような粘着性によって逃げられない仕掛だ。
次に捕獲容器の作製。
足場になるような窪みのないペットボトルの上部に二センチ✕二センチの穴を空ける。
空け方は、まず “ H ” 字に切込を入れていく。
上側は庇になるように外側に曲げ、下側は内側に曲げる。
庇によって雨が入らず、下側は鼠返しの要領で一旦罠に落ちた蜂の脱出を拒む。
容器へ液を深さ二センチほどになるように注ぎ、地表から二メートルほどの高さに吊るす。
さて、戦果は得られるのか? 嫁の英知を尽くした努力は報われるのか?

桜の木に設置した初日に二体、翌日にさらに一体、合計三体が罠にかかった。
どいつも見事にでかいオオスズメバチの女王だ。
初戦の戦況にすっかり気を良くした嫁は、初号機に続き二号機・三号機を立て続きに投入。
二週間経った今日現在での使徒捕獲は八体。
嫁に。
「ねぇ、これっていつまで続くん?」
「まぁ、わたしの達成感によるよねぇ」
とは言え、五月下旬以降の設置継続は危険を伴う。
捕獲を逃れた女王蜂が圏内で営巣し、攻撃性の高い働き蜂が飛び回るようになれば手に負えない。
そういった趣旨を伝えると。

はぁ?ビビリのおとこは、これだから!黙って観てれば!

 

 

 

 

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六百九十八話 鉄のゲージツ家

今月のなかばに逝かれた。
「鉄のゲージツ家 」篠原 勝之さん。
もっとも晩年は、鉄から土に替えられ作陶家として活動されていたらしい。
浅草の隅田川岸に在った KUMA’s FACTORY の工房でお逢いしたのは一九八〇年代の終り頃だった。
双方の知人であった絵描きの紹介で、仕事をご一緒させていただくことに。
クマさんの愛称で、当時「笑っていいとも!」を始め多くの TV 番組に出演されていた有名人。
また、かつて新宿歌舞伎町界隈では玄人の喧嘩師として鳴らしていたという噂も耳にする。
やばいひとじゃなければ良いけど。
まるで鉄工所のような工房の奥から坊主頭の篠原さんが出てこられた。
知られた着流し姿ではなく、作業用のつなぎを着て頭には溶接用の防護マスクを被ったままだ。
「おまえさん、何やってるひと?」
「ファッション屋で、世の中になんの役にも立たないモノ創って飯食ってます」
満面の笑顔で応えられた。
「いいねぇ、そういうの!ところで、これなんかの役に立つと思う?」
眼の前には、錆びた鉄製の巨大オブジェがあった。
「よくわかりませんけど、多分、役には立ちませんね」
「だろ!じゃぁ、おまえさんと俺は同じ土俵にいるってわけだね」
この問答の際には解せなかったが、今ではなんとなく腑に落ちるような気がする。
「皆はなんにでも意味を求めるが、たいてい意味なんかない」
「生きることにも意味はないが、といって早く死ぬこともない」
「ただ生きてるから生きてるんだ」
表題も銘もない作品に対して、解説を求められた篠原さんの答えだ。
ひとは、意味や目的を知ることで安堵し生き甲斐に繋げていく。
それを放棄してただ生きろと言われて生きるには相応の覚悟がいる。
その覚悟を作品を通して問いかけてこられたようにも想う。
産まれて、生きて、最期には死んで土に還る。
本質は、ただそれだけ。
篠原勝之作品は、滅びの美学への探究だったのかもしれない。
ほんとうに良くしてもらって、やさしい方だったが、一方で厳しい方だったような気もする。
不思議な魅力を纏った唯一無二の存在だった。
漂えど沈まなかった「ゲージツ家」篠原勝之さん。

ありがとうございました。向こうでカツさんによろしく!さようなら!

 

 

 

 

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六百九十七話 桜の盛り

今年も海辺の庭に咲く桜。
五分咲くらいの今が一番綺麗なように想う。
すっかり老木で姥桜の類だけれど、老いてなおお盛んな様子でなによりだ。

咲き始めの頃ちょうど満月で、米国の先住民たちは Pink Moon とか呼ぶのだそうだが。
こうした月夜の桜も色気があってなかなか良い。

まぁ、大年増も捨てたもんじゃないわ。

 

 

 

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六百九十六話 酒盛り

長い付合いで、かつての仕事仲間だった男女ふたりから連絡があった。
東京からやって来て、淡路島を自転車で半周した帰りに “ 海辺の家 ” に立ち寄りたい。
最後に顔を合わせて以来もう一〇年以上経つ。
夕刻連れ立ってやって来た。
おとこは我々と同年齢で、おんなは全くそうは見えないけれどそれでも六〇歳は超えている。
おんなの方から。
「酒買っていこうか?」
「いや、いらない、業者並みに揃ってるから」
このやりとりで忘れていた記憶が甦ってきた。
このおんなが、数々の武勇伝を誇る酒豪だったことを。
しこたま飲んだ挙句、東京青山の道端で一夜を明かし、朝何食わぬ顔で出社して仕事をこなす。
稼業は生粋の Fashion 屋で、それにふさわしくそれなりの格好でやってのける。
これ以上にやばい噺も数々あるのだが言えない。
とにかく見た目からは想像できない怖さを孕んだ奴だ。
「なに飲む?」
「やっぱ Bier だろうな、Bier 頂戴!」
Viet Nam 産の 瓶 Bier を含め数本空けながら。
「じゃぁさぁ、あれからのわたしの人生語ってあげるわ、ちょっと長いけど聞いて」
空白となっていた一〇数年に於ける抱腹絶倒の人生がどんなもんだったかを告げられた。
とんでもなく奇天烈な内容なのでこれも言えない。
飯を食いながら Wine を立て続けに四本。
酒量もさることながら食うのも半端ない。
ひたすら食って飲んでが続く。
このままでは埒が明かないので、酒の度数を上げることにしよう。
南仏産栗と林檎の Liqueur  “ LE BIRLOU ” を投入。
過激に糖度が高い Liqueur でもものともしない。
こうなったら手持の酒で一番強い Grappa を試してみよう。
度数四〇度超えの伊販 Brandy だ。
「あっ、これ旨いじゃん、角がなくてまろやかな Grappa だわ、いい酒飲んでんだね」
このおんな、これだけ飲んでも酒の味がわかるのかぁ?
伊産葡萄酒の王様 “ BAROLO ” の搾り滓から創られる名酒 “ SIBONA ”
亡くなられた御主人が Alitalia 航空の方だったので、伊の食文化には詳しい。
さすがだなと感心しつつ彼女の手元を見ると瓶を揺すっている。
えっ?飲んじゃったの?
そして、六脚ある椅子を順繰りにまわり始めた。
彼女の習性上こうなりだしたらそろそろお開きだな。
「あたしさぁ、これ食ったら帰る」
「明日、奈良に移動して吉野山に登んなきゃだから」
冷めた Pizza を頬張りながらそう言う。
日付はとっくに変わっていた。
淡路島半周して、大酒食らって、翌日は吉野山。
やっぱりこいつはやばい。
帰りがけ見送る嫁に抱きついてきた。
「今日は、ありがとね、嬉しかったぁ!ほんとありがとね!」
嫁が。
「やばい、なんか泣きそう」
人生は複雑で儘ならないことも多くあって、あたりまえだが良いことばかりではない。
このふたりもそうだったんだと想う。
それでも、かつての戦友がこうして訪ねてきてくれた。
良い時間を過ごさせてもらった。

でも、もう帰って!そして、また来て!

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六百九十五話 孤独の・・・・・

“ 誰にも邪魔されず 気を遣わず物を食べるという孤高の行為 ”
久住昌之原作漫画「孤独のグルメ」冒頭シーンでの一節。
作画を担ったのは故 谷口ジロー先生。
鳥取県鳥取市のご出身だったらしい。
その「孤独のグルメ」鳥取編で登場したのが此処。
“ まつや ホルモン店 ”
鳥取市在住の従姉妹が、予約が取れたというので行ってみることに。
道路脇の一軒家で、外観は一九六五年創業当時からの経年劣化そのままにボロい。
そして、暖簾を潜った店内は脂と煙で燻されてさらにボロい。
どこを触ってもペタペタとしていて、粘り気を含んだ独特の艶めきがある。
焼場前のカウンター奥に通され、一五センチほど先にある熱々の鉄板で亭主が肉を焼く。
鉄板は、長年の営みで真ん中が擦り減って窪んだ挙句全体が亭主側に傾いている。
溝状に窪んだ先の亭主足元にはドラム缶のようなバケツが。
この窪みと傾き具合が絶妙で、雨樋みたく余分な脂が伝ってバケツに落ちていく。
なかなかのオープン・キッチンシステムだ。
こういった風情は、狙って醸すわけにはいかない。
ひとつひとつが積み上げた信用の証みたいなもので、それがまた食欲を誘う。
飲み物は梅酒をソーダ割で頼んで、後の注文は従姉妹に任せて待つ。

品書には、オーカク(上ハラミ)とあるが横隔膜のことだろうか?
此処まつや名物のひとつなのだそうだ。
たしかに内臓肉特有の臭みも癖もなく肉厚で旨い。
注文の際に塩か?タレか?と訊かれるのだが、このタレがなんとも言えない味で肉によく合う。
言ってしまえばただの味噌ダレなのだが、果実の甘味と唐辛子の辛味が良い塩梅で複雑に絡む。
肉そのものは大阪鶴橋でもなくはないのだが、ここまでのタレはちょっと記憶にない。
これは病みつきになるかも。
店に電話があって女性が応じる。
「えっ?六月のいつ?三日ですかぁ?ちょっと訊いてみますね」
なにがあっても手を止めない亭主が肉を焼きながら。
「六月って三ヶ月先かいね?さぁなことわからんけど、きんさったら」
そして。
「すいません、一応大丈夫なんですけど、先なんでまたそん時にでも」
はぁ?それって、結局のところ予約出来たの?出来なかったの?大丈夫なん?謎だ。
それにしても、ホルモン屋の予約を三ヶ月前にするというのも凄い。
ふと気づくと、カウンター席から小上がりの座敷席まで客は鮨詰め状態。
客と客が肩を付けながら箸を動かす始末で、嫌でも話が耳に入ってしまう。
隣のひとり客が、カウンターを挟んで調理中の亭主と喋っている。
ホルモン文化が深く根付いた京都からわざわざこの食堂に通っているらしい。
母親の介護をしながらの暮らしで、まつやでの一食が唯一の楽しみだと言う。
聞き手の亭主は、それは大変ですねとも返さないし安っぽい感謝も口にしない。
ただ肉を焼く。
心得たものだと想う。
ただ旨いとか、ただ安いとかではない店屋の矜持がひとを呼ぶ。
“ 誰にも邪魔されず 気を遣わず物を食べるという孤高の行為 ”
この平等に与えられた最高の癒しを堪能できる店屋がまつやホルモン店だ。

ごちそうさまでした。

 

 

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六百九十四話 港街で継がれる蕎麦打ち

通えるところに在ってくれて良かったと、心からそう想える店屋が数軒ある。
“ 堂源 ” もそうした店屋の一軒だ。
個性的な店屋が隠れて潜む  Tor Road 西側界隈に建つ旧い雑居ビルの二階。
開店して間もない頃、こんな場所で蕎麦屋なんて大丈夫なのか?と想いつつ暖簾を潜った。
およそ蕎麦屋の印象からはほど遠い構えで、ひとり切り盛りしているのは若い女性。
入口付近の椅子に敷かれた毛布のうえには、近所の野良猫が蹲って寝ている。
なんで、こんな緩い Café みたいな蕎麦屋に入って座っているんだろう?
普段ならありえないことで、今想い返しても不思議だ。
注文した “ せいろ ” が運ばれてきて、手繰ってみる。
一本一本が、正確に細く角立って切られていて見栄えもよい。
しっかりとした固さのある打方で、甘味があって香りがわずかに鼻へと抜けていく。
見た目も風味も淡麗な蕎麦だと想う。
これを、このおねえさんが?
他に客もいなかったので、食べ終えた後に声をかけさせてもらった。
「ねぇ、この蕎麦って九一?」
「はい、九割です」
「ほんとに旨いわぁ、凄いねぇ、いったいどこで?」
「ありがとうございます、修行先は、加納町の “ 堂賀 ” です」
もともと商売ものと同じ凛とした佇まいの女性だが、きっぱりとそう応えたときは特にだった。
この港街に手打蕎麦をもたらしたとも云われる名店 “ 堂賀 ” 。
屋号にその “ 堂 ” 一文字を懐いて商う気概の一端を見たような気がする。
以来、蕎麦を食いたくなったら “ 堂源 ” にとなって随分と刻が経つ。
久しぶりに訪れて 滅多に注文しない “ つけとろ蕎麦 ” をいただく。
すりおろした長芋、蕎麦つゆ、生卵が別々に用意され、好みに合わせて食べる。
いつも良い塩梅に整えられた蕎麦つゆは、これらをどう合わせても旨い。
また、ちょっとした味変も楽しめて、たまにはこういうのもありだな。
無類の蕎麦好きなだけで、講釈を垂れるほどの通ではないのだが。
僕は、気取らず素朴でいながら、少しばかり洗練されている “ 堂源 ” の蕎麦が好きだ。
それは、どことなく神戸という港街の有様にも通じているように想う。
見送っていただいた亭主の東野朋江さんに。
「ありがとうございました、今日は長くお待たせしてしまってすいません」
「いいえ、良い客筋でいつも繁盛されていてほんと良かったよねぇ」
「猫がいたあの頃からどれくらいになる?」
「十二年目です、もう必死でやってきました」
師匠が産み、弟子が継いで育てた名店の味。

これからも通わせていただきます。ごちそうさまでした。

 

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六百九十三話 海峡に降る雪

海辺の家からいつもの海峡を見下ろす。
対岸の紀伊半島どころか、前の家すら真っ白で見えない。
瀬戸内の玄関口であるこのあたりで、こんな景色は稀だ。
あまりに珍しいので撮ってみた。
ところが、一時間ほど経つとこうして何事もなかったように。

雪で難儀されている方々には申し訳なく想うけれど、温暖な風土であるというのはありがたい。
従姉妹が暮らす鳥取市も大雪で外出厳重注意らしい。

そりゃぁ、衆議院議員選挙どころじゃないわなぁ。

 

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六百九十二話 日本国の顔

まもなく第五一回衆議院議員選挙の投票日を迎える。
急に解散ですとか選挙ですって言われてもなぁ。
なかには迷惑なひともおられるだろう。
だいたい “ 先生 ” とか呼ばれている奴に碌なのがいたためしがない。
そんなのに、己の身上をなんとか良くしてもらおうと考える方がどうかしている。
Ask not what your country can do for you.
Ask what you can do for your country.
国家に要求するな、国家に尽くせ。
こっちの言分の方がまだ腑に落ちるような気がする。
とは言え、日本国民の末席にいる者としての権利だけは一応行使しておく。
当日投票所は混むだろうから期日前投票に駅前の区役所へ。
平日の午後でも結構なひとで賑わっていて、長い列に並ばされる。
さて、どこのどいつにするか?
そこで、たいした興味もなく目にした啖呵売の口上みたいな政見放送を想い出す。
中道なんとか連合共同代表ふたりの絶妙な Performance には笑ってしまった。
一糸乱れず同期して動くおじいちゃんふたり。
まるで読経のような口調。
最初 AI 作成かと思ったが、そうではなく生爺いらしい。
これが政見放送?
俺は、いったい何を見せられているんだろうか?
それでも我慢して読経の中身によくよく耳を傾けてみると。
減税の原資は、SWF を創設し株式配当や債券などの運用益で無理なく確保するのだそうだ。
一方で運用損が生じた場合への言及は一切ない。
無理筋にもほどがある。
証券会社の新入社員でも、今時こんな馬鹿噺を客先で口にはしないだろう。
駄目だな、このおじいちゃん達は。
そうこうしているうちに、投票順がまわってきた。
選挙区候補者名に大学の後輩が名を連ねていたので、もうこいつにしとくかぁ。
別に期待しているわけでもなんでもないが、経験だけは積んでいそうなので無難だろう。
それにしてもである。
衆議院議員選挙なんだから、勝利した党の党首が首班指名で内閣総理大臣として議決される。
果たして日本国の顔は誰に?

やっぱり、これ?

 

 

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六百九十一話 鬼は外、福は内。

新しい節を迎えるために炒った大豆の古い皮を剥ぐ。
だから、旧作がどうであれ新作にすべてを賭ける興行師にとっても、これは大切な儀式なのだ。
幼い頃そう言い聞かされた覚えがある。
蠟梅薫る立春、二月四日の前夜に執り行う。

魔除けの大豆を用意して、鬼遣(おにやらい)の鬼役は隣家の犬に担ってもらうことに。
よもや自分が鬼にされているとは知らぬまま、鬼の面を被せられての強制参加。

海辺の家の出入口三箇所で、鬼は外、福は内。
願いを込めて豆を蒔く。
そうして、災いを退け、幸福を招いた後の晩飯。

献立は、 鰯の梅煮と恵方巻。

二〇二六年節分の厄除、平穏でありますように。

 

 

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六百九十話 春一番

仙人は、天にあるを天仙、地にあるを地仙、水にあるを水仙というらしい。
海辺の庭にもある。
なんの世話もしたことがなく、普段どこに植わっているかを気にすることもない。
それでも、冬の終わり頃になると寒風に揺られながらこうして庭のあちらこちらに咲く。
いろんな奴がいて。
なかには、花内側にある盃形の副花冠が白いのもいる。

洋の東西を問わず春を告げる花として世界中で愛される水仙。

“ 春一番 ” もうすぐ春ですねって、古るすぎてわからんかなぁ。

 

 

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