月別アーカイブ: February 2023

六百二十一話 午餐菜單

海辺の家から東へ一駅、同じ区内の徒歩圏内に在る塩屋町。 細い路地が絡み、崖の所々に旧い洋館がへばりつくように建っている。 今尚居留地が残り、そのせいか英国人、獨逸人、華人なども多く暮らすちいさな海辺の街だ。 嫁が仕入れてきた街の噂によると、駅近くの路地裏で商いを始めた二軒の店屋がかなり人気らしい。 一軒が、英国人の旦那と日本人の嫁が始めた Baked Goods Shop 。 もう一軒が、日本人の旦那と台湾人の嫁が始めた臺灣料理屋。 まずは、臺灣料理へ。 食事の予約は月一回で、数分で1ヶ月先の予約が埋まるらしいので とりあえず喫茶利用で。 路地裏からさらに奥まって建つ大正時代築の民家がその店屋。 屋号は、“ RYU Cafe ” 。 劉 晏伶さんが出迎えてくれる、ご主人は調理を担っていて厨房に。 凍頂烏龍茶と臺灣式 Nougat みたいな雪花餅を味わいながら晏伶さんに訊く。 台湾で学んだという日本語は、素晴らしく堪能で疏通になんの支障もない。 「こちらで食事したいんだけど、大変な人気で予約が難しいらしいね」 「店がちっちゃいのもあるけど、ありがたいことです」 「だけど、来週の木曜日午前十一時ならキャンセルがでたので大丈夫ですよ」 「ほんとに!近所だからその日に来させてもらうわ」 で、再び “ RYU Cafe ” に。 「塩屋産海苔粥と花雕雛麺の二種類からお選びいただけますが、どちらになさいます?」 「えっ?海苔粥は分かるけど、もうひとつのファデァウジーメェンってなに?」 鶏を花雕酒、生姜、特製香料で煮込んだ出汁に麺を合わせたものらしい。 「じゃあ 、その花雕雛麺で」 小鉢には皮蛋、南瓜と豚の蒸籠蒸しが添えられている。 … 続きを読む

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六百二十話 Snow Moon ?

2023年2月6日の満月は、特別なんだそうだ。 一年で、最も地球から遠く離れた満月で、ちいさく見える。 正確には、午前三時二九分がその刻なのだが、起きて待ってられないのでちょっと前に撮ってみた。 そもそも、月は、地球と等距離に正円軌道で公転していると、この歳になるまで信じていた。 それが、そうじゃないってことなのか? そして、 この月を英語で “ SNOW MOON ” と呼ぶらしい。 どっちも初耳だわぁ。 見た目にな〜んも変わらんから、それがどうした?って話だけど。            

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六百十九話 早春

立春の朝。 残り咲く野生の菊。 今が盛りの水仙。 嫁が育てているオレンジ色のヒヤシンス。 そして、部屋の奥へとのびる春陽。 いい感じの海辺の家で。    

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六百十八話 初 “ 恵方巻 ”

二〇二三年二月三日。 今日は、節分。 毎年、豆撒きはするが他のことはしない。 のだけれど、今年は初めて恵方巻なるものを食ってみようかと思う。 先日、店屋物を頼んでいる近所の蕎麦屋の亭主が、丼鉢を下げにやってきた。 この亭主、もうずいぶんの歳なのだけれど労を惜しまない働き者で通っている。 麺は手打ちで、丼物も旨い。 そのうえ、釣ってきた鯛やら、茹でた筍を持ってきてくれたりもする。 鯛や筍は、商売ものではないので銭は受け取らない。 僕は、この亭主が商いをやめると言いだすのが怖くてしょうがないのだ。 ほんとうに困ってしまう。 コロナ禍で休業を迫られた時や、値上げを余儀なくされた時も、詫びの品を持ってやって来る。 「ごめんなぁ、ごめんなぁ、堪忍やでぇ」 商人の鏡のような亭主で、心底立派だと想ってもいる。 そんな亭主が言う。 「あんなぁ、今度節分の日になぁ、上巻つくろう思てんねんけど、いる?」 「恵方巻食うって、やったことないけど、せっかくだから注文させてもらうわ」 恵方巻かぁ。 節分の日、どこぞの旦那が、大阪新町で芸妓衆相手に披露した座興だろ。 船場の馬鹿旦那が考えそうなくだらない座興に付合う気もおこらなかったのだが。 この亭主に言われたら、曲げてやってみるかとなる。 日が暮れて。 玄関、勝手口、東側出入口と順に、“ 福は内、鬼は外 ” とやり終えて、いよいよ人生初の試み。 七福神にあやかって七種類の具が巻かれた “ 恵方巻 ” を南南東を向いて黙って食べる。 普通に旨いけど、なんかこういまいち冴えない儀式だ。 とりあえず、今年一年災いなく無事過ごせますように。  

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六百十七話 もうひとつの島

淡路島の南端沖、ちいさな島がもうひとつ浮かんでいる。 淡路島の住人か、釣り人、古代史探訪者でもないかぎり、よく知ったひとはいないと思う。 神代の昔、周囲一〇キロにも満たない島は、国生みの舞台として古事記や日本書紀にも登場する。 淡路洲とか磤馭慮島(おのころじま)とか 呼ばれてきたが、今は沼島という名だ。 こうした国生み話に浪漫を抱く方もおられるだろうが、僕はそれほどでもなく興味はそこではない。 紀伊水道北西部にあたるこの海域は、圧倒的な豊かさを誇る魚場だと地元漁師はいう。 紀淡海峡と鳴門海峡のちょうど真ん中に在る沼島で、ふたつの潮流が重なる。 そこへ、島から豊かな栄養分が流れ込み餌となる小魚が育つ。 こんな漁場は、滅多とないのだそうだ。 沼島鱧、島の岩礁に棲みつく瀬付き鯵など、島でしか口にできない幻の魚も獲れる。 そして、冬場となると虎河豚 。 淡路の三年虎河豚は、下関の天然物にも引けを取らないと聞くけど本当なのか? 実のところ真の狙いは夏場の瀬付き鯵なのだが、その下見も兼ねて沼島に渡ってみようとなった。 海辺の家から明石海峡大橋を渡って神戸淡路鳴門自動車道を西淡三原ICまで南下。 降りて県道三一号線を土生港へ、港の駐車場に車を停め、ここから先は船で沼島に向かう。 沼島汽船の “ しまちどり ” に乗船し約一〇分ほどで島に着く。 淡路島の建設会社から、沼島なら此処が良いと勧められて食事だけの予約をしておいた木村屋旅館。 船着場から徒歩圏内の場所だが、車で出迎えてくれる。 変哲もない風景だが、対岸みたく俗化されていない瀬戸内の漁村が素のままにある。 目当ての木村屋旅館も、昭和の港街によく在った料理旅館まんまで気取りがなくて良い。 部屋には、すでに鍋支度が整えられていた。 これが、三年虎河豚かぁ。 二年ものの倍近くまでになるが、そこまで育つのは稀らしい。 天然物と比べどうかと訊かれると見極める舌の都合で自信はないが、歯応えも味も遜色ないと思う。 河豚刺しの薄造りも、色絵の皿が透けて図柄が見えるという料亭仕立てではないものの旨い。 船場の旦那衆が、河豚と“ 福 ” をかけて振舞う北新地の飾り立てた味とは違う漁場の野趣がある。 身もさることながら、白子と呼ばれる河豚の卵巣が格別だ。 天麩羅にしたこの白子は、天然物を超えるかもしれない。 わざわざ船で渡ってくるに値するという噂にも納得がいく。 女将さんに肝心な話を訊く。 「 幻とか言われる瀬付き鯵って、この辺りで獲れるの?」 「あぁ、わたし達は、トツカアジって呼んでるけど、夏場に獲れますよ」 … 続きを読む

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