月別アーカイブ: March 2017

四百八十三話 由比ヶ浜伝説

街場の店主から語られる物語の舞台は、大抵がその店屋だ。 舞台がなくなってしまっては、物語の値打ちも失われてしまう。 旅先で供される旨い地物に箸をつけながら。 ほら、まさに腰をかけておられるその席から.......。 などという至極のひと時を偶然にも過ごせたなら、得難い幸運に恵まれたといって良いと思う。 ここ由比ヶ浜に通うようになったのも、そうした幸運が重なったからかもしれない。 湘南の小さな街の小さな名店には、昭和の伝説がひっそりと継がれている。 無頼派作家と銀幕女優との仲を結んだ小花寿司の店主、三倉健次さん。 昭和とともに消えた「なぎさホテル」を語る獨逸料理屋 Sea Castle の女主人、Karla 婆さん。 相応に癖は強いが、僕にとっては、かけがえのない店屋であり人でもある。 しっとりと落ち着いたこの浜も、桜が咲き始めると賑やかになり、夏にはひとで溢れる。 できればそうなる前に訪れたい。 いつものように Manna で晩飯を食う。 この Manna の女料理人 原優子さんは、以前 Nadia という飯屋を長谷で営まれていた。 Nadia 時代から、伝説の女料理人が湘南にいると噂されるほどの腕前で、文句なく絶品の味だ。 まぁ、こちらの方の伝説は、語るより調理場での彼女の仕事振りを眺めたほうが分かりが良い。 忽然と姿を消すひとらしいが、今なら間に合う。 この歳になっても早食いは治らず、宿に帰るにはだいぶと間がある。 そういや、閉じられていた湘南屈指の名門 BAR が、再開したと聞いた。 駅としてはひとつ鎌倉寄りの和田塚だが、由比ヶ浜のと言っても間違いではないほどに近い。 THE BANK ひと通りも絶えた薄暗い路を駅から浜へと向かうと三叉路に行き当たる。 中洲に乗りあげた朽ちかけの座礁船のような風情で、もうすでに建物自体が異形の様相である。 家屋ほどのちっちゃなビルで、灯が妙に怪しい。 これが、あの聞こえた … 続きを読む

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四百八十二話 T-Shirts に良いも悪いもあるのか?

それは、あります。 つうか、TーShirts にこそあります。 着心地は心地良いか? 体型に合うのか? 色はどうか? など、あれやこれやの我儘を言いだすとキリがない。 挙句に、洗濯し倒しても当初の良さを保てるか?まで求めるといよいよ見つからない。 さらに、それが半袖じゃなくて、長袖の無地だとなるとお手上げだ。 が、そこは餅は餅屋なので。 あちこち探して、納得のいく一枚をようやくのこと見つけた。 The Elder Statesman Statesman という無駄に上昇志向の名が癪に障ったけどこの際それは我慢する。 Creg Chait というカナダ生まれの米国人がデザイナーらしい。 そもそもカシミヤ専門のニット・メーカーなのだが、数点綿 T-Shirts も創っている。 原料は全て自身の目で確認して買付け、Los Angeles の工房では糸を撚ることから始めるのだそうだ。 見た目は、ちょっと色が褪せたただの無地 T-Shirts に過ぎない。 別段これといった高級感もない。 首裏のブランドを示すネームすら付けられていない。 あまりにもふざけているので、逆に気になって手にとってみる。 なんだぁ?この T-Shirts ? 綿製品とは思えない柔らかな風合い、適度な膨らみと滑りの良さが手触りから伝わってくる。 Sun Bleached と記されてあるが、天日干しだけでこうはならないだろう。 試しに着てみた。 肩幅は広く、身幅は緩く、袖は細くて長く手首あたりで溜まるように設定されてあって。 … 続きを読む

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四百八十一話 中野靖は、どこへ行く?

みなさん、ANSNAM の中野靖とかいうおとこの名を覚えておられるでしょうか? 別にお忘れになられていても、一向に構わないのですが。 僕にとっては、最も忘れたくて、最も忘れられない因縁のおとこでもある。 そんなおとこから、久しぶりに電話があって。 「蔭山さん、明日大阪で会えますかぁ?」 「別に良いけど、何時に?何処で?」 「朝九時頃に、梅田なんですけど」 「はぁ?朝っぱらから、おめぇと顔突き合わせたかねぇよ!」 「会うなら昼飯時だなぁ」 で、昼飯を喰いながら。 「ところで、僕、今何やってるかご存知ですか?」 「知らねぇよ、そんなもん」 「訊きたいですか?」 「別に、知りたくもないけど」 「実は、店を始めたんですよ」 「ふ〜ん、一膳飯屋にでも鞍替えしたの?」 「服屋ですよ!なんでデザイナーの俺が飯屋なんですか!それは嫁ですよ」 「えぇ!マジかぁ?夫婦それぞれに店屋始めたの?」 大丈夫なのかぁ?と問い質しそうになったけど。 やめた。 ここで関わっては元の木阿弥だ。 冷静に返さなければならない。 「まぁ、大丈夫じゃないの、その溢れる才能でなんとかなるよ、多分だけどね」 「服創りの才能に限ってだけど、余人を以って替え難い才だと思ってるよ」 「いや、それが仕入でやってるんですけどね」 「えっ?あんたの服じゃないの?」 何がどうなっていて、どんな店屋なのか?と問い質しそうになったけど。 やめた。 理解不能、予測不能、制御不能のおとこが営む店屋。 それはそれで面白いのかもしれない。 店名は? ANSNAM ceder 場所は? 東京白金台。 そして、僕は? 絶対に行かない! 今後の人生で、このおとこと交わることだけは、避けなければならないから。 嫁曰く。 … 続きを読む

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