月別アーカイブ: January 2022

五百九十八話 物 欲

  誕生日。 爺が、さらに爺になるという儀式で、めでたい要素はどこにもない。 ただ、この歳まで無事に過ごせたのだから、有難いといえば有難い。 嫁から訊かれる。 「なんか欲しいものある?」 「べつに何もない」 「ほんとに、何もないの?」 「あぁ、そういえばシャワーヘッドとか、マイクロバブル的なやつ」 「オバハンかぁ!だいたいそんなものどうすんの?」 「えっ? 身体とかが綺麗になるんじゃないの?」 「ならんわぁ!」 「じゃぁ、何もいらない」 歳のせいなのか?モノに溢れる環境で暮らしてきたせいなのか? 理由はよくわからないけれど。 さっぱり物欲が湧かない。 どこかに出かけて消費するという行為そのものが面倒臭くなってきた。 マズイなぁ、これは。 それでも、食欲だけはあるから、まぁ、良いかぁ。 蝋燭吹き消して、与えてもらったケーキ食って、寝よ。    

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五百九十七話 シチリア風カワハギの煮付

獰猛なカワハギを美味しく食べる件。 一年を通して獲れる魚だが、身の旬と肝の旬が、それぞれにある。 身の旬は、産卵を終えて体力を取り戻そうと餌を食べまくり太っている夏。 逆に、肝の旬は、冬だとされる。 カワハギは、寒くなると身ではなく肝に脂肪を蓄える習性があって、冬場に肝が肥大化するから。 通説で、真実かどうかは知らないが、そう謂うひとが多い。 いづれにしても、いつ食ってもカワハギは、それなりに旨い魚だ。 誕生日に、明石の伊料理屋 “ CHIRO ” で友人と飯を食うことになっていた。 二週間前からの予約受付が、わずか数分で埋まってしまうという人気は、未だ衰えを知らない。 “ CHIRO ” では、その日仕入れた魚を盆に載せて卓に運び、選んだ魚を希望の料理に仕立てくれる。 この日の盆には、オマール海老、鯛、鱸、笠子、チヌなどに混じってカワハギが 。 カワハギを注文するとして、それをどう調理してもらうか?に頭を巡らせる。 ナポリ伝統のピザ窯で焼く? Acqua Pazza ? 素人が思いつくのはそんなところだ。 玄人に訊く。 「なんか、こうもっとカワハギを美味しく食べるやり方ってある?」 「そうですねぇ、馬鈴薯とオリーブの実と一緒に煮付けるっていうのも意外と美味しいですよ」 「なるほどね」 なるほども何も、全く味の見当すらついていなかったのだが、行きがかり上そうすることにした。 そして、供されたのがこの一皿。 「なんだぁ!これ!クッソ旨いわぁ!」 ただ煮付けただけで、どうしてこんなに旨くなるんだろう? 塩加減、煮具合で、風味や食感がここまで違うものなのか? それとも、“ CHIRO ” には、謎の調味料が存在するのか? やばいなぁ、この飯屋! そこで、“ 獰猛なカワハギを美味しく食べる件 … 続きを読む

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五百九十六話 異形の獣

遂にというか、ようやく手に入れた。 若き彫刻家、坂田源平の作品。 あたまの中にいる “ ANIMAL ” を図鑑のように表現する現代美術作家がいる。 知ったのは、五年ほど前だったと思う。 不可思議で不安定な形態。 惚けた表情。 錆びか?苔か?が、こびりついたように塗り重ねられた彩色。 勢いを残した鑿の軌跡。 かろうじてそれが何者なのかが判るものの、実態とはかけ離れた異形。 何をどう見たらこうなるのか? また困った作家が彷徨き始めたものだというのが、最初の印象だった。 しかし一方で、下世話ではあるが、美術品としての洗練された趣が作品に漂っている。 これは、欲しい! 以来、いろいろと手を尽くしてみたものの縁に恵まれず諦めかけていた。 半年前の夏、京都の御池通りを夫婦で歩いていた時、通りすがりの画廊に嫁が目を停める。 「あれ、良いじゃないの」 古びた李朝箪笥に牛の彫刻が置かれている。 「 えっ!坂田源平?嘘だろ?」 京都の一等地に構える老舗美術画廊 “ 蔵丘洞 ” 店主に話を訊くと、坂田源平先生とは、作家となる以前からの付合いだという。 今、この一点を手に入れるか?それとも、他作品を待って数点から選ぶか? 画廊懇意の作家となると待つのも一興かもしれない。 賭けだったが、そうすることにする。 そして、年が明けた先日、坂田源平作品展の案内状が届く。 ここからは、迷っている暇も、気取っている暇もない、一気に話を詰める。 まず出展される作品の概要を口頭で訊く。 そして、個展開催日までにそれらを観られるよう依頼する。 「遠方より何度もお運びいただき恐縮です」 「当方にて、ご依頼通り取り計らいさせていただきます」 さすがに京都筋の美術商、こちらの意向を淡々と汲んで無駄な煽りはしない。 開催日の前日、全国的に大雪で、不要不急の車での外出は避けるよう呼びかけられていた。 そんな朝、鴨川に積もる雪を眺めながら画廊へと向かう。 … 続きを読む

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五百九十五話 寿司屋の勘定

義父の祥月命日。 菩提寺での法要を終えて、明石の商店街をぶらつく。 祥月のこの日は、故人が好んだものを口にするようにしている。 遠州人気質そのままだった義父の嗜好は、いたって単純でわかりやすい。 まぁ、鰻にするか、寿司にするかだろうな。 三宮まで出向き、生前贔屓にしていた店屋を訪ねたいところだが、この寒空の下面倒臭い。 近場で済まそう。 魚の棚商店街は、菩提寺から海に向かってほど近い東西に軒を連ねる通りだ。 明石城築城の際、宮本武蔵の町割によって整備されたというから、その歴史は古い。 近隣客だけでなく、観光客も多く、昔ほどではないにせよ今でも賑わっている。 さて、鰻屋なら “ 黒谷 ” で、寿司屋なら “ 希凛 ” だな。 どちらも、名店で、人気も高い。 法要後、住職との世間話の盛上がり次第でどうなるかわからないので予約はしていない。 まずは、鰻屋から。 川魚店も営んでいる “ 黒谷 ” の鰻は、捌きも焼きも絶妙で旨い。 しかし、入口に “ 本日満席です ” の貼紙。 次に、寿司屋に。 “ 希凛 ” は、寿司屋激戦区の地元にあって新参であるものの、昨今では有名老舗店を凌ぐ勢いだ。 同じ屋号で、隣合わせに二店舗を営んでいる。 本店を覗く。 「ごめんなさい、満席なんです、隣で訊いてもらえますか?」 店主の指図通り、駄目元で隣へ。 「あぁ、ちょっと今日はぁ、いや、三〇分ほど時間をいただけるようでしたらなんとか」 … 続きを読む

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五百九十四話 あけましておめでとうございます。

あけましておめでとうございます。 二〇二二年、寅年。 多くは望まないけれど、気兼ねなく逢いたいひとに逢えるくらいの望みは叶えて欲しい。 本年が、皆様にとって、より良い年となりますように。

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